2007年02月06日

何が適法で、何が違法なのか

 まずは、あなたの着うた(R)は違法ですか?──中学生は64%が利用という記事をご覧ください。

 生徒さんの携帯の使い方を気にしてらっしゃる先生方も少なくないかと思います。もし違法サイトの利用自体が違法であれば、万引きを防止するのと同様の対処する必要があるように思います。しかし、現在の著作権法では、適法なサイト違法サイトであれ、私的複製(ダウンロード)であれば、適法です。もちろん、そのようなサイトを利用することは、モラルの問題が生じえますが、道徳として考えることを除き、単に違法か適法かといえば、適法ということになります。

 さて、この記事には、知的財産概念に対する正しい理解を促すという観点から、問題のある表現が散見されます。
 一つは、「無料で楽曲をダウンロードする行為は、当然ながら違法…いや、正確にはダウンロード自体が違法行為なのではない(サービスやプロモーション目的で、権利者自ら無料でダウンロード・データを開放することはありますね♪)。」という表現です。
 さきほども説明しましたように、違法サイトであれ、適法なサイトであれ、私的複製であれば適法です。無料かどうかも関係ありません。したがって、「無料で楽曲をダウンロードする行為は、当然ながら違法」というのは誤りです。
 もちろん、この記事では続けて、「正確にはダウンロード自体が違法行為なのではない」とされています。しかし、その後の()内では、「サービスやプロモーション目的で、権利者自ら無料でダウンロード・データを開放することはありますね♪」」とし、無料サイトでも適法サイトであることが指摘されています。繰り返しますが、ダウンロード(私的複製)は、適法サイトからであれ、違法サイトからであれ適法です。この記述は、無料だからといって違法サイトとは限らないことの説明にはなっていますが、違法サイトからのダウンロードが適法であることの説明にはなっていません。適法サイトであれ、違法サイトであれ、ダウンロードする者には関係なく、現状適法行為であるという点からは問題のある表現ということになります。
 著作権法上問題は、サイト開設者にあります。無料配信であれ、有料配信であれ、許諾を得ない配信(公衆送信)は違法となります。有料サイトであっても、許諾を得なければ違法ということになります。この点への誤解も生みやすい表現ではないかとも思います。

 また、タイトルの「あなたの着うた(R)は違法ですか?」も違和感があります。「着うた(R)」は登録商標であり、正式な「着うた(R)」サービスであれば、権利処理もなされているといっていいように思います。だからこそ、この記事も「本当にアーティストを応援しているのならば、ちゃんと着うた(R)なり着うたフル(R)なりを購入しよう」としているのではないでしょうか。しかし、このタイトルの意味は、「着うた(R)」=音楽配信サイトの意味で使われています。ある種一般名詞化されて使われている部分もあると思いますが、それならタイトルでの(R)は不要でしょう。

 著作権、商標権を含む知的財産概念はわかりづらいものですし、正確な知識をこのような記事で提供するのは不可能でしょう。しかし、わかりづらいからこそ、せめて誤解をうむ表現は慎むべきように思います。ここでいうと、無料・有料は配信サイトの違法性とは必ずしもリンクしません。過度にそのことを強調することは避けるべきように思います。
 正しい法理解という視点からになりましたが、法教育的観点からも、正確な情報配信を望みたいものです。
 
(T)
posted by 著作権教育フォーラム at 02:07| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

2007年01月07日

「青空文庫」と著作権保護期間の延長

 著作権の保護期間が切れた文学作品を、有志の方がテキストデータにしてUPしている「青空文庫」というサイトがあることは、既に広く知られるところとなったと思います。「青空文庫」では延べ670名をこえるボランティアの方々の好意によって6000余りの作品がネットで公開出来るようになっています。この「青空文庫」が著作権保護期間の延長に反対する誓願署名を進めています。(http://www.aozora.gr.jp/shomei/
 現在の著作権の保護期間が著作者の死後50年(除く法人名義、映画の著作物)であるところを、「欧米並の」死後70年へ延長することについての検討は、先回も触れましたが、様々なところで話題にされ議論されています。
 この議論は権利者だけではなく、利用者側からも沢山の意見が出されており、非常に興味深い議論となっています。また、権利者の中にもこれまでの保護期間延長絶対賛成という流れから、延長の必要は感じないとする意見や、例えば「クリエイティブコモンズ」といった新しい考え方へ賛同し活動されている方も多くいらっしゃいます。著作権保護期間の延長という問題は、技術の発展、特にインターネットという伝達方法が手軽に利用できることで、利用者と権利者の垣根が低くなった今日だからこそ、権利者利用者それぞれの立場から、真剣に考えるチャンスなのかも知れません。
 署名をするか否かはともかくですが、著作物のあり方、利用のあり方についてそれぞれの立場の意見を参考に、考えてみては如何でしょうか。例えばバンド活動をしているなら、既存の楽曲だけでなく自分たちでも作詞作曲するでしょう。その曲は既存曲やクラッシックの旋律に触発されて創作することもあるでしょう。「星の王子様」の著作権保護期間が切れたことで、いくつもの新訳本がでました。フランス語が読めなくても複数の翻訳者の訳を読み比べることが出来、原本のニュアンスに近づけるかも知れません。
 古典を題材に新しい作品が生まれることは「ロミオとジュリエット」と「ウェストサイドストーリー」等いくつもありますし、普遍的主題を様々に表現することで多くの素晴らしい作品が存在しています。 絶版になってしまった作品でも著作権保護期間が満了となれば「青空文庫」のように誰でも手に入れられるようにすることが出来ます。そこに影響され新たな創作者として自分たちが活躍するかも知れません。
 著作権は文化の発展のための「権利」です。その権利の延長は何を意味するのか。自分たちの身近な事に置き換えて考えてみませんか。

(E)
 
posted by 著作権教育フォーラム at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

2007年01月01日

頌春 今年の抱負

 新年明けましておめでとうございます。本年も当フォーラムの活動をご支援いただけますようよろしくお願い申し上げます。
 年末に、学校への導入OSにリナックスを検討しているという経済産業省のニュースがありました。(残念ながらNHKのニュースでしか扱っていないようで、キャッシュしか見あたらないのですが…)
 学校では未だにウィンドウズ98やMEを使用しているところも多く、実際に去年イベントを行った加古川市においても、98を使っていました。そんな中でMSがサポートを打ち切るということになったようなのですが、だからといってXPを購入すればいいという簡単な解決は出来なさそうです。学校に設置されているPCではスペックが低くてXPは使えないのです。そして学校には全PCをハイスペックに買い換える予算的余裕はあまりありません。そこでリナックス、フリーソフトウェアに注目されたのではないかと思います。実際には一昨年くらいから小学校へのリナックス導入の実験が開始されており、その結果が良好であったというのもふまえての決定ではないかとは推測されます。
 PCだけではありません。著作物利用においてすら予算が無くて断念しているのも現状です。予算がないから著作権フリーを利用すればよいという解決策が、根本的な問題への解答ではないというのと同様、これらはどちらも共通する問題として認識されるべきでしょう。お金がないからフリーウェアというのでは大切な基本姿勢が欠落してしまうでしょう。
 今後は「フリーウェア」や「クリエイティブコモンズ」についても学校で教える必要が出てくるでしょう。しかしそれらは「応用」なのです。既存の著作権について疑問を呈した人たちが新たな著作物の利用について新たなルールとして確立したのです。
 「学校教育において、著作物は自由に無償で利用できるべきだ」というのが徹頭徹尾私の考えではありますが、そのためには「なぜ自由ではないのか」という「著作権の精神」の根源理由をきちんと解説していく必要があると思います。
 今年はそのことを念頭に1年活動していきたいと思います。
 皆様に取りましても、この1年が実りある年になりますように…

(E)
posted by 著作権教育フォーラム at 15:00| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

2006年12月26日

冬休みの宿題と著作権

 学校は冬休みに入りました。一般企業は後もう少しで仕事納めですし、それぞれにあわただしい年の瀬に突入していると思います。
 さて、冬休みには宿題でいろいろな問題集に触れると思います。どうせ宿題をするなら、宿題の問題を著作権という視点から見てみると面白いかもしれません。
 問題集と著作権の関係はそれこそ、現行著作権法改正のときに著作権法第35条について議論されたように「歴史ある」問題です。昨今では、センター試験や入試問題集の作成や新聞への掲載等で話題になっているかと思います。もっともそういう意味で話題となるのはもっぱら「文芸の著作物」、要するに国語とか英語の文章問題が多く、数学や理科というのはあまり問題になっていないと思います。
 それは著作物が「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と定められているからです。つまりどんなに美しい数式であっても、それは思想や感情を創作的に表現したわけではないですから「著作物」となりませんし、遺伝子交雑の結果は思想でも感情でもないからです。そうなると学術の著作物に含まれる著作物は限られてきます。しかしひとたび論文として文字によって表現されたものは著作物の可能性が高くなります。試験問題としては論文も良く利用されますが、国語の問題としてが主となるでしょう。
 学校で使用する副教材や市販問題集、塾の教材などは、著作権法の制限規定に該当するわけではありませんから、当然著作者の許諾を得て掲載し、複製・頒布しなければなりません。一方学校の校内試験や入試などに使用する場合は、著作者の許諾なく使用することが出来ます(著作権法第36条)。これは、許諾を求める過程で何が出題されるか分かってしまうため試験にならなくなるからです。この点を誤認して、許諾を求めたり著作物の利用を控える(著作権消滅作品ばかり利用する)という傾向にならないように留意が必要ですし、著作権者も入試問題に利用されたといって学校を訴えることのないようにして頂きたいものです。しかし過去問題集などはこの例外には当てはまらないので、許諾が必要であり、そのことが問題となったのが、例の赤本事件です。
 「著作権侵害」として問題となっている事例はさておき、それでは実際に許諾というのはどうやって取ればいいのでしょうか。もちろん著者当人に確認を取るというのが原則です。そうはいってもどうやってご連絡したらよいのか・・・。文芸の著作物であれば、「文芸家協会」(http://www.bungeika.or.jp/procedur.htm)に管理委託している作家の一覧がありますから、委託作家であれば文芸家協会のフォームに乗っ取って申請をするだけで問題ありません(ここも応諾義務があります。但しここは部分委託という場合があるので、委託状況の確認が重要となります)。管理委託していない場合は、当該著作物の出版社に問い合わせてみるしかありません。けれども出版社は版型(単行本、文庫本など)を決めて出版する権利を著者と契約しているだけですから、「問題集に掲載する」というような利用の仕方(二次利用といいます)については出版社に原則権利がありません。出版社と著者が出版以外の二次利用について「業務委託契約」を結んでいれば、出版社が窓口となって著者との中継ぎをしてくれます。もっとも先述のとおり出版は版型毎の契約なので、手元のA出版社の単行本に掲載されている作品を利用したいと思っても、権利自体は文庫を出しているB社にあるかもしれないということがあります。良識ある出版社なら今どの会社が権利を管理しているか教えてくれますが・・・。
 自分が回答してきた問題が実はこんな背景で問題集となっていることや、大手予備校の講習会テキスト掲載の文章がいちいち許諾を取っているなんてことを考えてみると、別の意味で面白い問題が見つかるかもしれません。
 
(E)
posted by 著作権教育フォーラム at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

2006年12月20日

『萩原朔太郎の詩、こころに着想を得て作詞されました』の不思議

 アニメ映画「ゲド戦記」の主題歌の歌詞が萩原朔太郎の詩に酷似しているということで、少し前に新聞等で騒がれておりましたが、「スタジオジブリの広報が「テルーの唄の作詞について記載される場合は『萩原朔太郎の詩、こころに着想を得て作詞されました』と表記していただくようお願いいたします」と初めて見解」を表したという記事が12月6日の
http://www.nikkansports.com/entertainment/p-et-tp0-20061206-126496.html に掲載されました(同日現在スタジオジブリHPではそのような記載がありません)。
 この問題が騒がれ始めてからずっと、なぜこのようなことを取りざたするのかというのが私には不思議でした。宮崎吾郎監督自身同詩に感化されたということをお話されているのであり、それを超えてなお「『作詞・宮崎吾朗』とすることに、少しのためらいも感じなかったのだろうか。ここは『原詩・萩原朔太郎 編詞・宮崎吾朗』とでもするべきではないか」とか、「しかし、朔太郎の詩がなければこの歌詞が書けないことは明らか。モラルの問題として、朔太郎への感謝の言葉を入れるべきだ。」などと批判されるのはいささかいきすぎではないかと思うのです。http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/manga/manganews/news/20061021org00m200001000c.html
 もちろん、朔太郎の詩の雰囲気を壊したり、本人や作品を貶めるように利用しているのであれば、朔太郎のご遺族、ご関係者が苦言を呈する等は当然でしょう。しかしそれ以外で「モラルの問題」云々というのはいかがなものでしょうか。
 そもそも、萩原朔太郎(1886-1942)の著作権は1983年に消滅しているのです。著作権が消滅してなお「表現を微妙に変えていて、「こころ」の盗作とは言い難い」だのというコメントはちょっとおかしくないでしょうか。感謝が足りないという意見もありますが、感謝や感動は人から強制されるものではありませんし、強要されるものではないと思うのですが…さらにこの記事のタイトルが「「ゲド戦記」主題歌“パクリ”認めた」ですから、なにをか言わんという感じです。
 そんなことを言い始めたら、「コンピュータゲーム『サクラ大戦3 〜巴里は燃えているか〜』は制作初期に『舞姫』をモデルにした作品と発表された」そうですが、その時に「原案:森鴎外」と書くべきだと誰かいったのでしょうか、またそう書いてあるんでしょうか。他にも同様な例は幾らもあると思いますが、すべてそのように記載されなければならないのでしょうか。
 過去の作品に触発されることによって新たな作品が生まれるというのが文化所産のあり方であり、そのために著作物は一定の保護期間の後公共財として新たな文化の発展の役割を担う様になるのですから、参考にした、触発された全ての著作物を列挙しなければならないとしたら、それだけで疲弊してしまい、新たな作品どころではなくなるかも知れません。自分の創作がどこにインスピレーションを受けたか探ろうと思ったら、これまでに接触した全ての著作物をひもといていかなければならないでしょう。
 権利や著作権についてきちんとした見解をもち、管理をしている(であろう)スタジオジブリがなぜこの様なコメントを、この時期に発表したのか真意のほどは計りかねますが、正しい著作権の理解という立場からは、この問題に掛かる一連の発言については、著作権が消滅していること、監督自身も参考にしまた敬愛していると点をきちんと説明するにとどめておいてほしかったと思います。
 こうやって「権利者」の発言に応じてどんどん新しい「権利」や「慣例」が出来るのは良い傾向とは言えないでしょう。それがどのような問題に繋がるのかと思うと、利用者としてはちょっと背筋が寒くなるのを覚えます・・
 著作権は道徳、モラルだという方針で学校等での著作権教育は進んでいます。しかし道徳とは自発的に正しい行為へと促す内面的原理の根幹となる指針です。感謝が強制されるように道徳が強制されることのないように、モラル教育と併せて著作権教育を考える必要があると思います。

(E)
 



posted by 著作権教育フォーラム at 15:13| Comment(1) | TrackBack(0) | コラム

2006年12月10日

JASRACシンポジウムに行って参りました

 先日JASRAC主催のシンポジウム「JASRACシンポジウム2006 知的財産権の本質と今日における課題 〜創造のサイクルと著作権の役割・その原点に立って考える〜」に行って参りました。基調講演は[テーマ:著作権制度における今日的課題] と題して、吉田大輔氏 (文化庁長官官房審議官)が、特別講演は知的財産権の本質と著作権の特質〜著作者人格権・保護期間・私的複製〜と題して、松田政行先生がそれぞれ行われました。この講演だけでも参加するに十分な内容ですが、さらに、パネルディスカッション「知的財産権の本質と今日における課題〜創造のサイクルと著作権の役割・その原点に立って考える〜」が、コーディネーター大渕哲也先生で椎名和夫氏(実演家著作隣接権センター運営委員)、末吉亙氏(弁護士)、津田大介 氏(IT・音楽ジャーナリスト) 三田誠広氏(作家、日本文藝家協会副理事長、著作権問題を考える創作者団体協議会議長)、宮武久佳氏(社団法人共同通信社メディア局編集部担当部長)という面々をパネリストにお迎えして行われました。

 先ず文化庁吉田氏からは、今般の著作権法改正についてのお話と、今後議論に上るであろう問題について解説がありました。今臨時国会に提出されたIPマルチキャスト放送による放送の同時再送信に関する権利制限、権利付与、権利制限規定の見直し、追加、新たに輸出行為を侵害行為と看做す、権利侵害に対する罰則の強化等については、既にいろいろなところで解説されているとおりと思います。特にIPマルチキャスト放送同時再送信についてはIP放送事業者のみならず既存のCATV局にとっても非常に関心のあるところであるところでしょう。先般参加しましたCATVショーでも今度の展開について詳細な解説を含む招待講演があり、大変参考になりました。なお、本議題は12月5日に衆議院本会議を通過しております。

 今後の課題としては6点挙げられました。
 まず、私的録音録画補償金制度の見直し、一時新聞でも取り上げられた権利侵害物からの私的複製権利制限の見直しや、DL販売により二重課金される場合についての権利者に対する補償措置の必要性について検討中であるという私的複製に絡むお話がありました。次に保護期間延長にかかる検討ですが、これも「世界標準」の死後70年等延長の向きもあるが、幅広い議論が必要であり、かつ著作物の円滑利用のための仕組み等情報アクセスの保障が必要であろうということでした。さらに、IPマルチキャスト放送による「自主放送」に関する法的枠組みの検討(つまり著作隣接権者か否かということ)、WIPO放送新条約の検討について、(今年の9月〜10月にかけてのWIPO一般総会の概要はコピライト12月号に記載されていますが、07年11月に本件についての外交会議の設定が承認されております)、そして契約ルールの検討と集中管理システムというものについても検討する必要があるとのことでした。
 これらは現状の討論の延長線上の問題であろうと思いますが、新しい課題として、ネットでの海賊版商品販売の広告規制や、親告罪の見直し、検索サービス過程における著作権法上の問題(グーグルに代表されるような・・・)などについても言及されました。
 ここでは詳しい内容に触れませんが、シンポジウム、パネルディスカッションについては、下記に記事がありますので、参考になるかと思います。
 http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2006/11/29/14070.html 
 http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2006/11/29/14075.html 

 CATVやIPマルチキャスト放送等は一見なじみのないようにも思われるでしょうが、CATV加入家庭数をみれば、多くのおうちがCATV経由で番組を試聴しているのですし、ワンセグ等実は身近なサービスを支えている部分の法律であったりします。
 技術の発展や利用形態の多様化で、著作権法は以前にも増して法改正の過渡期ではないかと思います。音楽配信を楽しんでいるのであればDLの度に使用料を払っているのに、実は機器にも補償金が上乗せされていることは、果たして権利者「保護」なのか、利用者は何も言わないので「搾取」されるのか、個人使用と認められない場合にどうすれば許諾がとれるのか、許諾システムの不備は棚上げにされていないか等、テレビを見るとか、音楽を聴くとかいった日常のちょっとした行為を「著作権」という視点でみてみるとおもしろいかも知れません。

(E)

posted by 著作権教育フォーラム at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

2006年12月04日

著作権教育サポートネットワークの必要性

 先日、著作権情報センター主催の著作権パーティーに事務局ともども参加いたしました。こちらでは著作権業界のお歴々が一堂に会するので、ひよっこの私どもは末席を穢させて頂いてるという感じですが、当フォーラムの活動広報とまた来年度の企画に向けて、ご協力のお願いをかねてがんばって諸兄諸姉とお話させて頂きました。
 おかげさまで体験型著作権学習イベント「実践!著作権」は、昨年コピライトのエッセイに載せて頂いたため、多くの方に認知いただけ、また一定の評価を頂戴いたしているようでほっと致しております。

 さて、そんな中私どもと同じように著作権教育に取り組んでいらしている方とお会いできました。行政書士の方ですが、著作権教育に対する姿勢は私どもと同じ考えで、禁止事項を教えるだけではなく、(無断利用が)いい場合、その理由まで教えること、そして現状の著作権のあり方まで考えるような教育である必要があるのではないかということをお話されていました。そこで学校教員向けの著作権講習を行っているということでした。同じような見解で教育に取り組んでいらっしゃる方にお会いできて本当によかったと思いました。やはり共通の問題は、適当な教材が不足していることと、教える内容について、そして先生方が○か×かということを必要としてしまいがちであるということでした。違法か否かを安易に問うのではなくなぜ違法なのか、何が違法なのかを考えていけるように、先生方にもっと多くの情報を提供していかなければならないと感じました。
 実際に学校の先生方と向き合った著作権教育を行っていらっしゃる方の多くが、同様な思いを抱いているのですから、一度著作権教育を行っている先生方の意見というのを集約してみるというのは非常に重要な提言につながるような気がします。
 普通「教育」というものは、教える側=教師がある程度の知識を持っているからこそ教わる側=生徒に的確な情報の教授ができるものであり、そのために「教員として教育」される機関も期間もあるわけです。ところが、著作権に代表されるような技術の発展に伴って生じる情報については、教師自身が教育される場が圧倒的に少ない、しかもOJTで獲得できるような知識ではない場合も多いわけです。そんな中で先生方は著作権について生徒に教育しているのですから、もっと効率よい授業の提言、先生方自身への教育の場というものの提供について、積極的なサポートが必要ではないか、そのためには実践している先生方の声を集約し、私どものような活動をしているところが情報交換し、サポートのネットワークを広げることではないかと思いました。
 そのためにも少しずつですが、いろいろなところにお邪魔して広報してまいりたいと思っています。また、ご賛同いただける先生方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡いただければと思います。

(E)
posted by 著作権教育フォーラム at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

2006年11月28日

「禁止事項の学習から、利用方法の学習への転換」(その3.これからの著作権教育のために)

 04年からの調査、イベントの開催等を通じて、今後の著作権教育について私が強く感じることは、著作権侵害、肖像権侵害といった、禁止事項を羅列することを中心とした指導では、結局は著作物の借用を避けるばかりで、著作権の本質の理解には到らないということです。最近は著作権侵害という違法行為についての報道だけでなく、権利保護期間の延長など、著作権に関する様々なニュースが報道され、それによって教育界はもちろん、一般的にも著作権についての関心が高まっていますし、権利処理についても高い関心がもたれています。
 今年のイベントで記録映像を撮影いただいたビデオサークルの皆さんからも、 様々な具体的事例について質問をいただきました。自分たちで撮影したビデオにBGMを付け編集するということは一般家庭においても珍しくありません。旅行や子どもの運動会の様子をDVDに編集して…というようなことは普通に行われていると思います。その中で私的利用の範囲を超えるような利用法も増えているおそれがあります。この様な現状では、適法に著作物を利用する方法ということをもっと啓蒙していくことがますます重要になってくると思います。そしてその内容は具体的かつ実践的な知識でなければならいでしょう。このような社会的な必要性に応じるためにも、まず、学校現場においても、「著作権」についてはできれば避けて通りたいという否定的な感情を、根本的に改めなければならない時期に来ていると思います。大切なことは許諾実務を習得するということではなく、なぜ許諾がいるのかという著作権法の基本概念の習得です。学校では無断で利用できたのに、同じことをお友達同士でやってはいけないのは何故かということ、「こうすると侵害になる」ではなく、「こうすれば使える」ということから学習することが重要です。
 誰もが簡単に著作者になれ、情報を発信できるようになったからこそ、著作権について大きく取り上げられるようになり、学校でも教えられるようになったのですから、次は適法に情報の発信をする方法を教えることを提案します。そして、権利者も利用者の無断使用だけを糾弾するのではなく、適法利用を促すにはどうしたらいいか、逮捕、裁判というネガティブキャンペーンではなく、使いやすい仕組みについて提供する時期ではないのでしょうか。権利者へこの様な提言のためには、まず利用者が現状の許諾システムがわかりにくいとことや、使用料が必ずしもリーズナブルであると言えないということを、きちんと発信していくことが必要だと思います。特に学校教育においての著作物利用の重要性についてまず発信すること、その上で、本当に学校での著作物利用が権利者の利益を不当に害するのだと権利者利用者双方が納得できれば、合理的な「使用料」についての交渉を行う、この様なステップを踏めるような土台を作ることが大切ではないでしょうか。
 2年続けて行いました「実践!著作権」ワークショップでは、参加生徒自身が権利処理について学び、06年については参加生徒が直接権利者と交渉し、権利処理をする体験を積みました。そして、著作物の積極的利用を前提とした著作権教育は著作権に対する正しい理解に有効であり、広めていくべきだという感想を抱いています。さらに06年では05年での分析を元にこうした知識の習得を教師が行うことは可能であろうと考え、教師に権利処理実務を習得させる事を試みました。そして教師の感想も生徒同様、この様な取り組みを進めていくべきであるというものでした。
 私どもの取り組み以外でも、「著作権を体験させる」ということを実践しておられる先生方が増えています。今後は著作物の禁止事項の学習ではなく、利用のためにどうすればよいかということを中心にした教育が大切であると思います。

 著作権フェアでおこなったパネルディスカッションでは、権利者側からも、「学校教育現場にもっと使いやすい著作権の仕組みを提供しなければいけない」という意見が出さましたが、同時に「利用者もまとまらなければならない」ということを指摘されました。利用者の新しい流れに柔軟に対応する必要性を権利者が意識し始めているということが伺える発言であったと思います。しかし権利者の代表である権利者団体がどれほど良い仕組みを考えたとしても、利用者の代表がそれを評価しなければ、いつまでもお仕着せという感はぬぐえず、利用者の不満は不当な不満であったとしても解消されないでしょう。すべての利用者がまとまることは難しいかもしれませんが、先ずは著作物の利用が最も多く、最も必要である教育界が、まずはまとまった提言を出すことが重要ではないでしょうか。
 学校教育現場から著作権、権利処理について実践的な声を上げていくことを、私は強く提言していきたいと思っています。そして権利者団体との連携を教育現場自ら図る努力が必要であると常に考えています。

(E)

posted by 著作権教育フォーラム at 00:22| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

2006年11月12日

「禁止事項の学習から、利用方法の学習への転換」(その2.内容)

 著作権教育に於いて体験型学習イベントというのは、恐らく全国初の試みです。このイベントにはいくつもの実験的要素を含んでいます。これまでの座学中心の講義から実際の制作過程を体験することへ、禁止事項の学習から、「どうすればつかえるのか」という利用するための方法の学習へ、そして、「権利処理」を行うこと、「権利処理」を行うための集中権利処理システムの構築などです。イベント開催に当たっては、ターゲットに併せてパイロット授業を行いました。05年は生徒中心でしたので、「権利処理を行う」ということを前提とした講義構成について、06年は先生が権利処理を行えるようにということを新たな目標としましたので、教員向けの講演をまず行い、そこでの反応や意見を参考にイベントカリキュラムを構築しました。
 これまでの多くの著作権教育についての研究や、情報モラルの研究は、教師あるいは生徒に対し違法か適法かを問い、著作権についての知識の有無を検証するというものでした。つまり、この利用法は適法か違法か違法の確認であり、「では実際に使う際にはどうしたらよいか」ということについては触れない、触れていても「個々の事例により権利者団体に問い合わせること」という事のみが記述されているだけです。そこでこのイベントでは、一歩踏み込んで、実際に権利処理をするということ、そのためにはどういう情報が必要でどのような知識が必要かということに学習の焦点を合わせました。
 このイベントは最終的にどの学校現場でも利用出来る様な汎用性を持った教材、カリキュラムの開発、そして学校での著作物利用を促進するためのサポート機関の設立ということを考えています。この様なことを念頭に置いてのイベントですので、参加者の意識調査が非常に重要になります。パイロット授業をはじめ、ワークショップ終了時、ワークショップの成果発表の場であるフェア終了時等、節目節目でアンケートを行いました。
 分析の結果、次のようなことが明らかになりました。なお、このイベントは「権利処理を通じて著作権を学ぶ」ということが主眼ですので、著作権の制限条項(例えば第35条)には該当しない状況になっています。

(1)著作権に対する意識
 本イベント及び事前のパイロット授業を通じ、単に権利や著作物について教えても、実際には知識として活用できていないということがはっきりしてきました。
 友人の朗読する作文や、ダンスシーンの音楽(数秒程度)が著作物であることは、通常の著作権学習でも説明されることなのですが、これらが著作物であり、権利処理をしなければならないということに驚いたという感想が複数見受けられました。
 著作権の知識が、具体的な例示、実際に他者の著作物を使用するという実践的過程を通じて、初めて必要な知識として獲得されるということを表しているのではないかと思います。

(2) 著作者としての意識の向上
 アンケート項目から自ら制作することでクリエーターの権利に目覚め、他者の権利侵害だけでなく、自らの権利を守るという意識の向上が伺えました。特に、個人分析でみると、クリエーターとしての意識は、作品の完成度の高いグループに強い傾向がありました。優れた作品を完成させることは自らの作品に対する権利意識を目覚めさせることにも有効であると考えられます。そしてこのことは、他者の権利侵害を防ぐことにもつながるものと考えます。

(3) 著作権及び権利処理学習の問題点
 権利処理、映像製作を通じて著作権についてはほぼ理解したとしながらも、アンケートでは全員が著作隣接権について解らなかったというショックな事実が判明しました。例えば、講義でレコード会社の権利と説明し、CD音源からの楽曲使用の原盤使用申請書を作成しても、JASRACとの違いがわからず誰の何の権利か理解できていないということです。楽曲使用はもっとも利用可能性が高いと考えられるため、この点の指導については改善の必要があると言うことがはっきりと解ります。

 この様な結果がイベントから見えてきました。次回は今後の著作権教育のあり方について思うところを述べてみたいと思います。

(E)

posted by 著作権教育フォーラム at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

2006年11月05日

「禁止事項の学習から、利用方法の学習への転換」(その1.背景)

 本日まで第22回日本教育工学会に出席しておりました。今回は学会発表した内容について少し申し上げます。
 「著作権学習の新たな視座:禁止事項の学習から利用方法の学習への転換」と題して発表いたしました。この発表は、私どもが最初に学校教育現場の先生方に対面式のインタビューをしたときの結果から企画された体験型著作権学習イベントの成果についての最初のまとめでもあります。

 04年に「著作権に関する教育現場の意識調査」を行ったとき、そこから見えてきたのは著作権を気にするあまり、著作物の利用について必要以上に消極的になる傾向と、一方で無意識の侵害をしている教師の姿でした。そして、調査に協力してくれた教師の全員が「何が適法で、何が違法か」を教えてほしいと思っていることも解ったのです。しかし、著作権に関する問題は、○と×ではくくることが出来ない、つまり、個々のケースで判断や対応が異なるという特質があります。さらに、この場合は適法、こちらは違法とわかったところで、では実際にどうすれば良いのかという実践的具体的な方法を提供するような機関、団体は現在の所全くといっていいほどありません。すべて個々の質問に回答するだけです。権利処理を自ら行う先生も増えてきています。権利者団体と交渉した経験を持つ先生方も沢山いらっしゃいます。しかし、その個々の先生方の知識や経験、ノウハウは他の先生方になかなか共有されにくい、というか、共有する環境がないのが現状です。
 適法な利用方法を教えないで、「これは違法です」とばかり教えている環境では、確かに違法利用は減ったかも知れないけれど、適法利用が促進されているわけではないという奇妙な状況を生み出しています。これではいけない。「著作権がコワイから利用しない」というのでは著作権法の理念に反します。「著作権処理は面倒くさいから、著作権フリーですまそう」というのも著作権の本来的意義が理解されていないということになります。学校は一定の条件の下著作権が制限され、著作物が自由に使える環境となっています。しかしそれはあくまで例外的な状況であり、社会においては通用しない事になります。
この様な現状から、私どもは実践的かつ実社会における著作物・著作権の実践的な扱いを体験することで著作権の現実的な意味を教えることを狙いとして、体験型の学習イベントを企画するに到ったのです。
 このイベントは、映像作品の製作を通して、権利処理を行う中で著作権について学ぶということが目的です。自らが作品制作することで、クリエータ=著作者となると同時に、例えば音楽をBGMとして使用するという他人の著作物の借用を通じて、利用者としての立場も学びます。さらに、自分たちの作品を誰かが利用したいと申請してきたときには、かつて自分たちが利用者として権利者と交渉した時のように、今度は権利者として申請してきた人に「同じような態度」を取ることが出来ることを理解することが出来ます。利用者と権利者双方の立場に立ったとき、その二者をつなぐ「著作権」という物を体感することが出来るのではないかと思うのです。
 こうして、「実践!著作権」というイベントが企画されました。
 次回は体験型学習イベント「実践!著作権」の内容と分析をお話しします。
 なお、このイベントは05年、06年と開催しており、本年度の企画については「実践!著作権」ブログにて、ワークショップの様子を開設しておりますので、ご参照いただければと思います。こちらの著作権教育フォーラムブログに於いては、イベントの内容と分析について記載していこうと思います。

 (E)
posted by 著作権教育フォーラム at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム