2010年01月10日

「良いものが創れるという環境にあること」

わたし達が行った「実戦!著作権」ワークショップで、映像表現を担当してくださった先生が、こんな風に仰いました。
「良いものが創れるという環境に既にある、と言うことに感謝して、良い作品を創る努力をしてください」
感謝する心を忘れない、他者の著作物を利用する、他者に表現方法を学ぶ・・・、その中で自分の表現したいことを形にするのだ、自分の作品は自分だけではなく、他者の、先人の文化の上にあるのだと言うことを忘れないで欲しい、そういう思いからの発言でした。

わたしは今、仕事でドキュメンタリー番組の再放送権利処理を行っています。最初の放送はどれも、10年程前のものです。それらを再び、改めて視聴できるようにするために、一つ一つ権利をひもといていく仕事です。
当時の関係者、出演者に再び連絡をし、許諾を取る・・・。亡くなってしまった方も、行方不明の方もいました。ある時、関係者のお一人から、
「再放送が、再び”そのこと”を考えるきっかけとなればと思う」
と言うような趣旨のコメントを頂きました。

良い作品の定義は様々にあると思います。けれど、相手の感動を誘い、「何か」を考えさせるきっかけとなることは、良い作品に不可欠なのだろうと思います。そして、それは時が経とうとも、変わらないのではないかと思います。

そうして人々の心に残る作品に触れる度に、著作権法の目的なんかをふっと思い出すのです。
そして、「良い物が創れるという環境に既にあること」、この言葉が、冒頭の思いだけでなく、実はとても深い意味を持っているのだと、気付かされます。

法務ではなく、久しぶりに現場に戻ると、様々なことに遭遇します。その度に、権利処理って「面白い」と思います。権利処理の先にあるもの、このすばらしさをお伝えできるように、研鑽を積んでいきたいと思っています。

(え)
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2008年08月30日

「教育の中の著作権を考える」 その2.視座の転換のために(1)

  著作権教育を改めて、基本的なところから考え直そうと思います。これまで、著作権について解説してあるものは、禁止する立場からの解説が多かったと思います。この視点を逆転することを考えてみたいと思います。「〜したらだめ」というのではなく「〜するためにどうするか」という視点への転換です。その上で、「著作権教育の必要性」ということを改めて考えてみたいと思います。そのために先ず、3つの視点を考えます。一つは、「著作者としての視点」、二つ目は、「特別なものではないという視点」、そして3つ目は「教員が学ぶ」という視点です。連載では、逆の順番で紹介しています。なぜなら、『教員が学ぶ』ということが、最も大切だと思っているからです。けれど、このブログでは、あえて、さかさまから考えてみようと思います。どうして、教員が学ぶ必要があるのかということを、じっくりと考えてほしいのです。


1.創作活動を通して著作者側として、著作権を考える〜利用者の視点から、権利者の視点へ

 第1回目では、「著作権教育導入のポイント」について、ご紹介しました。最近は随分と指導方法も変わってきましたが、それでも、著作権や、著作物利用については、「〜すると違反」という視点からの解説が多いように思います。どうも、著作権法には、アレもダメ、コレもダメ、と、してはいけないことばかり書いているような印象をも立たれているように感じます。
 けれど、決してそうではありません。文化の発展のために、著作物の正しい利用をしていこうということこそがその中心の理念です。著作権法のあちこちに、著作者の許諾を得れば利用できるという記述があることを見逃してはいけません。
 著作権法は、著作者の権利について、取り決めた法律ですから、「著作(権)者は〜する権利を(占)有する」という書き方になります。つまり、著作権は自分の創ったもの(著作物)を勝手に利用されないことを保障する権利です。だから、著作物が利用できるかどうかは、第一義的には著作者が決定することになります。
これを、利用者からみれば、利用に当っては、著作者の占有する権利に対して、許諾を得る必要があることになるのです。つまり、許諾がなく「〜すると違反」になるわけです。無断利用を防ぐには、こんな利用法は違法ですよ、NGですよ、と具体例を挙げるのが、手っ取り早く分かりやすいのですが、はじめにそのようにして、著作権について説明されるようになってしまったため、著作権は、作品(著作物)利用を妨げる悪者に思われてしまいました。
先ずは、著作権は利用を妨げているというイメージを払拭することが、大切ではないかと思います。

 ここで、ちょっと考えてみてください。よく、「学校では沢山の著作物を利用している」といわれますが、学校は、著作物を利用する一方でしょうか。確かに、テストや配布物への転用などの利用者としての立場は沢山在ります。けれど、学校新聞などの各種お便り、学校ホームページなど、先生や生徒が作成した記事や作品、写真など、学校関係者が作成する著作物もたくさんあるのです。学校で作成された著作物を、学校が情報発信者となり、取り扱う機会は、増加しています。
いつも利用者なのではなく、普段から、著作者として活動してるという点を、意識すると良いのではないでしょうか。
例えば、こういう例を想定してみましょう
いつもは、「学校のホームページに写真を載せさせて欲しい」というお願いをしているかも知れません。そんなとき、皆さんは、利用したい写真や文章を掲載している新聞の新聞社や出版社に連絡すると思います。記事を書いた人の名前があっても、作家の名前が分かっていても、その人の連絡先は分からないから、最初は発行社にあたると思います。
出版社や、新聞社が、著作物利用の依頼を受けた場合は、最初の窓口として、その依頼を受領し、そして出版社から、作家に確認してもらうことになります。出版社だって、紙以外の媒体、例えば、小説をネット配信する場合は、改めて、作家に許諾を取るのです。それは、「小説という著作物」の別の利用法だからなのです。

これの逆を考えてください。
学校のホームページに載せた写真を利用したい、修学旅行の記事を地域コミュニティ新聞に掲載したいという申し出があったとします。その時、先生は、学校はどう対応したらいいでしょうか。
学校に連絡が入ったとしても、相手が使いたい写真や記事は、先生や生徒が創作したものです。転載の旨を、先生や生徒(創作者=著作者)に確認すると思います。
学校のホームページだって、管理しているのは学校かもしれませんが、そこに生徒の作文や、文化祭の様子の映像を載せれば、それぞれの著作権は、作文を書いた生徒に、映像を撮影した放送部に在ることになるのです。
学校の名前で、ホームページが管理されているのであれば、最初の窓口は学校になります。情報発信者が最初の窓口になるということを、忘れないでください。
学校全体で、著作権の知識を持つということは、単に利用者という立場だけでなく、窓口者/権利者という立場からも必要なのです。

(続きます)

(え)
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2008年07月22日

「教育の中の著作権を考える」

長らく、更新が滞っており、失礼いたしました。
 さて、日本教育新聞にて、「教育の中の著作権を考える」と題しまして、3回の連載を頂きました。第1回目は7月14日付けでしたので、ご覧になった方もおいでかと思います。
 日本教育新聞では、これまでも、様々な著作権教育の実践例や取り組みについての記事を掲載しておりましたが、「なぜ著作権教育が必要なのか」ということに立ち戻って、考えてみようということで、今回のお話を頂戴いたしました。
 私どもが常に意識しているのは、「著作権教育は、著作権法教育ではない」ということです。学校教育における「著作権教育」というのは、法律(著作権法)の文言や、法律の解釈をすることではなく、著作権がなぜ大切なのか、ということを理解する教育であると考えています。法を守って著作物を利用することを学ぶだけではなく、創作活動を通じて、自らが権利者にもなることを知り、権利者の立場、利用者の立場双方から著作権とはどういうものかを考えるきっかけを与えることが、まずは最初のステップであると考えています。
 創作活動によって、自分自身が「著作者」になることで、本に書いてある知識が、単なる利用のための知識としてではなく、自分自身の気持ちとして、体験として実感することで、法の精神を理解し、創作の大切さ、必要性を教えること、これが「著作権教育」の真髄なのだと、思っています。
 では、どのようにして実践していけばいいのでしょうか?先日の第1回目の「教育の中の著作権」では、「著作権教育導入のポイント」について述べました。第2回目(10月予定)ではそれを踏まえて「事業での実践例」を、第3回目(2月予定)では、「授業以外での実践例」をご紹介する予定ですので、是非ご覧になってください。
 本ブログでは、連載に書ききれなかったことなどを、補足的にご紹介していきたいと思います。
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2008年01月01日

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。皆様は平成20年をどのような年にしたいですか。

著作権教育フォーラムにとっては、平成19年は「実践!著作権」ワークショップの締めくくりの年でした。平成17年に、中高生を対象として始め、2回目は中高生と教員を対象に、そして3回目にあたる平成19年は中高生とともに一般市民にまでひろげて、権利処理をもっと身近にとらえてもらい、著作権意識について考えてきました。
そして、平成18年のワークショップの内容を中心として、私たちの活動を「創って学ぼう著作権」という書籍にもまとめました。
直接対峙して講義をしたり、疑問にお応えできたのはごく一部の人たちに対してだけですが、私たちはそこから「著作権教育」に必要なこと、求むべき姿についての多くを学びました。
平成20年は、これまでのフィールドワークで得た多くの経験、ご意見を分析、研究して、もっと簡便に著作権について学べる教材や方法について考えていきたいと思っております。

先日あるところから「著作権教育の継続的な取り組みを取材したいが、そのような学校をご紹介いただけないか」と問い合わせを受けました。いくつかの学校や教育委員会に照会してみたのですが、「単発で、教科や道徳、総合的な学習で取り上げているが、継続的にカリキュラム化するのは難しいし、教科時数削減のため教科書を進める時間確保が優先」との回答でした。
さらに、ネット利用についての指導という眼前の大問題もあり、学校現場の先生方は本当に様々な問題を乗り越えて教育に当たっているのだと改めて思い知らせれました。

これまでは、著作権教育は、学校の先生が生徒に教えることを前提としていたと思います。そしてその前提に立って、教師をサポートするシステム、たとえばヘルプデスクを教育委員会に設置するなどの提案をしてきました。
しかし、この3年で少し学校を取り巻く環境も、著作権教育も変わってきたのではないかと感じています。
何もかもを学校のせいにし、何もかもを学校の教員が教えるということは不可能です。それは著作権の知識を始めとして、社会が要求することが普遍的な事象・知識からだんだん専門的になっているからでしょう。すべての教員にあらゆる専門性を備えさせるのはなかなか難しいことでしょう。それならばいっそ、専門家が教員と提携すればよいと思っています。ちょうど英語の授業にネイティブスピーカーがティーチングアシスタントとして一緒に授業をするように。

平成20年はもっと簡単に先生方と提携できるような活動をしていきたいと思っています。

(E)
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2007年06月06日

入試問題相互利用

 先日、入試の過去問題集の一元的管理を行ってはどうだろうかということを書いてみましたらば、このような記事が目に留まりました。「過去の入試問題、66大学が相互活用…来春の入試から」(5月16日 読売新聞)。
読売オンラインの記事によれば、構想は05年から、最初に記事になったのは07年1月10日だったようですね
記事の内容は、岐阜大学が中心となって、過去に出題した入試問題を互いに利用できるようにすることになったというもので、メンバーとなった大学では、他大学の過去問題をそのまま使用することも、一部改編して使用することも可能となるとのことです。岐阜大学学長が「そもそも、学習指導要領で出題範囲は限定されて」おり、「その中で、毎回オリジナルの良問を出そうとすると、おのずと限界が出」「その結果として、高校の学習範囲を逸脱した難問奇問が出題されたり、最悪の場合は出題ミスにつながる遠因にもなっている」ことを憂慮したことに端を発するそうです。
 また、気になる著作権ですが、試験問題としての利用なので他大学の試験問題を利用する場合でも著作権法の例外規定内での利用となり、また、「大学入試過去問題活用宣言」参加大学間においては、過去問題の二次利用については(その利用を)許諾するということになっているようです。但し、問題の中に含まれる他人の著作物については、二次利用する大学がその権利処理を行うとしています。
 商業利用ではない著作物の利用連携であるこの取り組みは大変有意義であると思います。同時に、このように学校現場(大学)から声をあげ、著作物の利用について改革をしていくという動きがさらに広まっていけばと思います。
 教育をするのに先人の智恵(=著作物)を利用しないなんてありえないのですから。
(E)
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2007年05月24日

例えば学校での著作物利用を社会に生かすには・・・

先回、経団連主導の著作物の二次利用の促進を図るための著作権情報データベースについて触れました。その際、学校などでの利用はどうすればよいのかということを申しましたが、今回はそのことをもう少し考えてみたいと思います。
 学校教育における著作物利用ですから、経済活動とは直接結びつきにくいでしょう。また、普通に授業している場合は、学校での著作物利用は制限規定の範疇で済みますから、直接的に学校が利用する状況はあまりないかもしれません。しかし、調べ学習の成果をHPで公開するなど公衆送信に絡む場合を含め、学校からの情報発信が進んでいる今日に於いては、情報の整備と共有は欠かせない事だと思います。
もしも学校のための情報整備が、学校と社会、もっといえば経済活動に結びつくような場合を想定しなければ、積極的には行ってもらえないのだとしたら、学校は何ができるのでしょうか。
実は学校には強力な利用法が一つあるのです。著作権法第36条で規定されていることの転用、つまり、受験問題の提供です。これを利用して、学校での著作物利用のための著作権情報データベースの構築に結びつけるというのはどうでしょう。
学校での試験ですから、学校は著作権法第36条に規定されているとおり無許諾で試験を行うことが出来ます。この試験問題の権利処理データベースを出題した学校と一緒になって整備するのです。学校での著作物利用とは直接関係することではありませんが、過去問題集や赤本等を作成している出版社にとっては大変需要が見込まれると思います。また、出版社ごとに権利者を探すということも手間も省けるでしょう。
 試験問題の二次利用を推進する団体を設立し、学校が積極的に参加すれば、情報の収集はかなり効率よいでしょうし、もっと多くの試験問題の二次利用が見込まれるのではないでしょうか。
(注:現在は、有限責任中間法人日本著作権教育研究会が著作物の使用許諾申請代行業務をおこなっており、自社のデータベースを整備されています。)
 出題者である学校は、試験問題と出典元の情報を提供するだけですから、あまり手間にはならないでしょう。二次利用を推進する団体は、学校からの情報提供を受けて、試験問題の権利処理を行います。学校からの情報の提供については無償ではなく、提供した学校へ情報提供料が支払われる、試験問題が二次利用されれば使用料が支払われる、あるいは例えばそれらを当該団体が一括して受領し、「学校での著作物利用についての経費」として予算配分するなども考えられると思います。学校に権利処理予算が付けば、「お金が掛かるから」という理由での、学校における著作物利用が躊躇されることは、多少なりとも解消されるのではないでしょうか。
 また、試験問題の二次利用をきっかけとなり、学校での著作物の利用も進み、適法な著作物利用についての意識も向上するのではないでしょうか。さらに、私どもが主張しております、学校での著作権法の制限規定を超える著作物利用についての権利処理を扱う集中機関の設立に繋がれば、学校での著作物利用はもっともっと円滑に行われ、著作権についての啓蒙も進むと思うのです。

 今回はあえて、産業界にお手伝いしてもらえるようなスキームを考えてみましたが、本当は教育のことですから、教育界が主体となって利用し易い環境の整備を行っていくべきなのでしょう。
(E)

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2007年04月15日

著作物利用は商業利用だけではないと思うのだが・・・

 先日「政府の知的財産戦略本部の提言に基き、日本経団連が中心となって・・・著作権などの情報を一括検索できるポータルサイトが公開される」
という記事がありました。
経団連が中心となっているのですから、幾分商業利用に特化するような面もあるかと思っていましたが、記事では「情報は、一般ユーザでも閲覧できるが、2次利用の許諾を得るための連絡先情報は、有料会員登録をした企業ユーザに限って閲覧できる。」と続いており、大変驚きました。
 権利処理は企業ユーザしかしないと思っているのでしょうか。それとも一般ユーザでも適法に著作物を利用したければ、先ずは情報収集のために相当額の対価を支払い、さらに使用料の交渉をしろということなんでしょうか。
 知的財産戦略本部の提言では、クリエータもユーザも納得できる「(知財)大国」を目指し、「アーカイブを手軽に検索できるポータルサイト構築の取り組みも支援」とあるのですが、この場合ユーザとは商業利用をする利用者だけを指し、円滑な商業利用をするためのポータルサイト構築だけを支援するという意味だったのでしょうか。
先般、当フォーラムから提出したパブリックコメントに著作物利用について商業利用にのみ利便性が図られているという点を指摘したのですが、まさにその指摘の具体例の記事ではないかと思いました。
 もちろん、経団連の構築したポータルサイトを見た上で再度検証する必要があるでしょう。しかし、記事からは、一般ユーザは権利処理に際し今までとなんら変わらない、自分で権利者を探す努力を強いられるように思えます。まぁ多少は取り掛かりが提供されるのかもしれませんが・・・。
 もしかしたら経団連の言う一般ユーザというのは、一人ひとりの個人を想定しているのかもしれません。個人が権利処理をするような場面は少ないと仮定し、たまにする権利処理なら少しぐらい手間がかかっても良いと合理的に判断したのかもしれません。
(私は全く賛成できませんが、経済合理主義的視点からは正しいのかもしれません)
 では個々人でも、商業目的でもない利用者はどうすればいいのでしょう。非商業利用のユーザは学校をはじめそれぞれの規模は小さくともユーザ全体としては大きな位置を占めると思われます。しかし営利目的ではありませんし、そのようなユーザが潤沢な資金に恵まれているとは思えません。そうするとこの経団連のポータルサイトはこのようなユーザをも排除しているといわざるを得ないことになります。端的に言えば、商業利用以外の著作物の利用は認めないということでしょうか。
 学校や個人ユーザは一定の利用について著作権が制限されますから、無許諾で使用できるようになっています。しかし、学校でインターネットに情報アップすることは当たり前になってきましたし、学校行事をビデオで録画し、卒業アルバムDVDに使用したり、合唱コンクールのCDをクラスで作ったりという活動は盛んになっています。これらは著作権の制限規定から外れる活動ですから、完全に適法に行うには権利処理が必要になります。「そういった活動は本来学校で行う必要のある活動ではない」と切り捨てることもできるでしょう。しかしそれはあまりに現実的ではありません。それに、権利処理をしても作りたいという希望に一切添う必要がないという意見はあまりに独善的ではないでしょうか。
 商業利用を先行させるなら、非商業利用についてもっとサポートがあるべきです。別の角度からの支援でもいいでしょう。例えば、学校利用についてのルール、その他非商業利用に付いてのルールなど、各著作権団体が対応できれば、経団連のポータルサイトは商業利用のみということで十分でしょう。しかし現在このような切り分けも出来ていない状況で、商業的利用だけが支援されるというのは納得できません。
 著作権が財産権の部分だけを肥大化させ、単なる経済活動の一つになってしまった感があります。著作権法が掲げる根本精神はどうなるんでしょうか。

(E)
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2007年02月28日

著作権を法律として教えることの難しさ

 ある学校で次のような設問が宿題でだされたそうです。
 「インターネット上のある個人運営のサイトには、いく人もの有名な作曲家や演奏家の曲が多数置かれていて、無料でダウンロードできるようになっていた。この中から自分の好きな曲をダウンロードして、携帯プレーヤーに録音し、学校の行き帰りなどで聞いている。この行為は法律上許されるか。」
 この設問を、私どものブログをみて解答された生徒さんが間違われたそうです。
 先生の解答はこうです。
 「許されません。前問と比べるとすぐにわかると思いますが、そのような個人サイトが著作権者にお金を払っているということはなく、そのサイトの運営者が著作権者の複製権や公衆送信権を侵害しています。そのような違法サイトからダウンロードすることは、例えて言うと、盗んだ品物を泥棒(盗みをはたらいた本人)から譲り受けるようなものですから、たとえ私的使用目的であっても許されません。」
 まずこの設問では、個人運営のサイト無料で運営している=違法と評価させていますが、このことは必然ではありません。レコード原盤権との関係でいえば、事実違法サイトが多いことは否定できませんが、個人サイトで無料の者が直ちに違法性とであるという事実認定判断をさせることには疑問が残ります。もちろん、学校の課題は授業での解説とも関連するので、違法サイトが多い現状の説明などがあったような場合には、前提とする余地もあるかもしれませんが、決して当然の前提ではないことに注意が必要です。

 次に、設問の「法律上許されるか?」という点です。
 この回答としては、「(仮に違法サイトからであっても)私的使用複製かつ個人視聴」であれば、適法というのが現状でしょう。だからこそ、法律を改正しようという動きがあって、違法なサイトからの複製は違法と規定しようという動きがあるのです。http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/020/06122108/003.htm の議論は「現在の制度が適法である」ことを前提とした制度改正の議論でしょう。
 もちろん法律的な解釈では争いがあるところなので、どっちが正しいということはできませんが、アップロード側の行為は、無断で行えば「引用」などのごくごく限られた場合にのみ適法であって原則違法であるといえそうですが、ダウンロード側の行為についてはテストの解答として「違法」と評価するのは難しいでしょう。
もちろん法律上許されるから何をやってもいいか、というとそうではなく、「違法サイトからダウンロードが好ましいか」と言えば好ましくはないように思います。しかし、「法律上」という問いである以上、「適法」と解するのが一般的な見解だと思います。少なくとも違法と解することには違和感を感じます。
 情報「モラル」として「好ましくない」というのは別論、「法律論」として「違法」という点には立ち入るべきではないように考えます。

 この生徒さんは、きっと混乱してしまったことでしょう。設問自体の不適切さは否定できません。インターネット上の情報に対する信憑性判断が重要であることは正にそうでしょうが、先生のおっしゃることが直ちに正しいということもありませんし、本設問では法律上違法と断言することはできません。よくないことだろうけど、本当に「法律上いけないこと」なのか?著作権を法律として教えることは非常に難しいことです。違法でなくても「モラルとして問題」といえる、ここに情報モラル教育の意義があるように思います。

(T)

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※なお、本稿執筆者の私見では、「法律上」とする本設問の解答は「適法」であり、またそれは通説であると理解しています。
参考:http://ume-law.cocolog-nifty.com/blog/2006/03/post_870b.html

※設問、解答は、ttp://homepage3.nifty.com/ri8a-iskw/johoB/k12a.htm より引用。
リンク機能は開設者の希望により無効化しています。
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2007年02月06日

何が適法で、何が違法なのか

 まずは、あなたの着うた(R)は違法ですか?──中学生は64%が利用という記事をご覧ください。

 生徒さんの携帯の使い方を気にしてらっしゃる先生方も少なくないかと思います。もし違法サイトの利用自体が違法であれば、万引きを防止するのと同様の対処する必要があるように思います。しかし、現在の著作権法では、適法なサイト違法サイトであれ、私的複製(ダウンロード)であれば、適法です。もちろん、そのようなサイトを利用することは、モラルの問題が生じえますが、道徳として考えることを除き、単に違法か適法かといえば、適法ということになります。

 さて、この記事には、知的財産概念に対する正しい理解を促すという観点から、問題のある表現が散見されます。
 一つは、「無料で楽曲をダウンロードする行為は、当然ながら違法…いや、正確にはダウンロード自体が違法行為なのではない(サービスやプロモーション目的で、権利者自ら無料でダウンロード・データを開放することはありますね♪)。」という表現です。
 さきほども説明しましたように、違法サイトであれ、適法なサイトであれ、私的複製であれば適法です。無料かどうかも関係ありません。したがって、「無料で楽曲をダウンロードする行為は、当然ながら違法」というのは誤りです。
 もちろん、この記事では続けて、「正確にはダウンロード自体が違法行為なのではない」とされています。しかし、その後の()内では、「サービスやプロモーション目的で、権利者自ら無料でダウンロード・データを開放することはありますね♪」」とし、無料サイトでも適法サイトであることが指摘されています。繰り返しますが、ダウンロード(私的複製)は、適法サイトからであれ、違法サイトからであれ適法です。この記述は、無料だからといって違法サイトとは限らないことの説明にはなっていますが、違法サイトからのダウンロードが適法であることの説明にはなっていません。適法サイトであれ、違法サイトであれ、ダウンロードする者には関係なく、現状適法行為であるという点からは問題のある表現ということになります。
 著作権法上問題は、サイト開設者にあります。無料配信であれ、有料配信であれ、許諾を得ない配信(公衆送信)は違法となります。有料サイトであっても、許諾を得なければ違法ということになります。この点への誤解も生みやすい表現ではないかとも思います。

 また、タイトルの「あなたの着うた(R)は違法ですか?」も違和感があります。「着うた(R)」は登録商標であり、正式な「着うた(R)」サービスであれば、権利処理もなされているといっていいように思います。だからこそ、この記事も「本当にアーティストを応援しているのならば、ちゃんと着うた(R)なり着うたフル(R)なりを購入しよう」としているのではないでしょうか。しかし、このタイトルの意味は、「着うた(R)」=音楽配信サイトの意味で使われています。ある種一般名詞化されて使われている部分もあると思いますが、それならタイトルでの(R)は不要でしょう。

 著作権、商標権を含む知的財産概念はわかりづらいものですし、正確な知識をこのような記事で提供するのは不可能でしょう。しかし、わかりづらいからこそ、せめて誤解をうむ表現は慎むべきように思います。ここでいうと、無料・有料は配信サイトの違法性とは必ずしもリンクしません。過度にそのことを強調することは避けるべきように思います。
 正しい法理解という視点からになりましたが、法教育的観点からも、正確な情報配信を望みたいものです。
 
(T)
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2007年01月07日

「青空文庫」と著作権保護期間の延長

 著作権の保護期間が切れた文学作品を、有志の方がテキストデータにしてUPしている「青空文庫」というサイトがあることは、既に広く知られるところとなったと思います。「青空文庫」では延べ670名をこえるボランティアの方々の好意によって6000余りの作品がネットで公開出来るようになっています。この「青空文庫」が著作権保護期間の延長に反対する誓願署名を進めています。(http://www.aozora.gr.jp/shomei/
 現在の著作権の保護期間が著作者の死後50年(除く法人名義、映画の著作物)であるところを、「欧米並の」死後70年へ延長することについての検討は、先回も触れましたが、様々なところで話題にされ議論されています。
 この議論は権利者だけではなく、利用者側からも沢山の意見が出されており、非常に興味深い議論となっています。また、権利者の中にもこれまでの保護期間延長絶対賛成という流れから、延長の必要は感じないとする意見や、例えば「クリエイティブコモンズ」といった新しい考え方へ賛同し活動されている方も多くいらっしゃいます。著作権保護期間の延長という問題は、技術の発展、特にインターネットという伝達方法が手軽に利用できることで、利用者と権利者の垣根が低くなった今日だからこそ、権利者利用者それぞれの立場から、真剣に考えるチャンスなのかも知れません。
 署名をするか否かはともかくですが、著作物のあり方、利用のあり方についてそれぞれの立場の意見を参考に、考えてみては如何でしょうか。例えばバンド活動をしているなら、既存の楽曲だけでなく自分たちでも作詞作曲するでしょう。その曲は既存曲やクラッシックの旋律に触発されて創作することもあるでしょう。「星の王子様」の著作権保護期間が切れたことで、いくつもの新訳本がでました。フランス語が読めなくても複数の翻訳者の訳を読み比べることが出来、原本のニュアンスに近づけるかも知れません。
 古典を題材に新しい作品が生まれることは「ロミオとジュリエット」と「ウェストサイドストーリー」等いくつもありますし、普遍的主題を様々に表現することで多くの素晴らしい作品が存在しています。 絶版になってしまった作品でも著作権保護期間が満了となれば「青空文庫」のように誰でも手に入れられるようにすることが出来ます。そこに影響され新たな創作者として自分たちが活躍するかも知れません。
 著作権は文化の発展のための「権利」です。その権利の延長は何を意味するのか。自分たちの身近な事に置き換えて考えてみませんか。

(E)
 
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2007年01月01日

頌春 今年の抱負

 新年明けましておめでとうございます。本年も当フォーラムの活動をご支援いただけますようよろしくお願い申し上げます。
 年末に、学校への導入OSにリナックスを検討しているという経済産業省のニュースがありました。(残念ながらNHKのニュースでしか扱っていないようで、キャッシュしか見あたらないのですが…)
 学校では未だにウィンドウズ98やMEを使用しているところも多く、実際に去年イベントを行った加古川市においても、98を使っていました。そんな中でMSがサポートを打ち切るということになったようなのですが、だからといってXPを購入すればいいという簡単な解決は出来なさそうです。学校に設置されているPCではスペックが低くてXPは使えないのです。そして学校には全PCをハイスペックに買い換える予算的余裕はあまりありません。そこでリナックス、フリーソフトウェアに注目されたのではないかと思います。実際には一昨年くらいから小学校へのリナックス導入の実験が開始されており、その結果が良好であったというのもふまえての決定ではないかとは推測されます。
 PCだけではありません。著作物利用においてすら予算が無くて断念しているのも現状です。予算がないから著作権フリーを利用すればよいという解決策が、根本的な問題への解答ではないというのと同様、これらはどちらも共通する問題として認識されるべきでしょう。お金がないからフリーウェアというのでは大切な基本姿勢が欠落してしまうでしょう。
 今後は「フリーウェア」や「クリエイティブコモンズ」についても学校で教える必要が出てくるでしょう。しかしそれらは「応用」なのです。既存の著作権について疑問を呈した人たちが新たな著作物の利用について新たなルールとして確立したのです。
 「学校教育において、著作物は自由に無償で利用できるべきだ」というのが徹頭徹尾私の考えではありますが、そのためには「なぜ自由ではないのか」という「著作権の精神」の根源理由をきちんと解説していく必要があると思います。
 今年はそのことを念頭に1年活動していきたいと思います。
 皆様に取りましても、この1年が実りある年になりますように…

(E)
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2006年12月26日

冬休みの宿題と著作権

 学校は冬休みに入りました。一般企業は後もう少しで仕事納めですし、それぞれにあわただしい年の瀬に突入していると思います。
 さて、冬休みには宿題でいろいろな問題集に触れると思います。どうせ宿題をするなら、宿題の問題を著作権という視点から見てみると面白いかもしれません。
 問題集と著作権の関係はそれこそ、現行著作権法改正のときに著作権法第35条について議論されたように「歴史ある」問題です。昨今では、センター試験や入試問題集の作成や新聞への掲載等で話題になっているかと思います。もっともそういう意味で話題となるのはもっぱら「文芸の著作物」、要するに国語とか英語の文章問題が多く、数学や理科というのはあまり問題になっていないと思います。
 それは著作物が「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と定められているからです。つまりどんなに美しい数式であっても、それは思想や感情を創作的に表現したわけではないですから「著作物」となりませんし、遺伝子交雑の結果は思想でも感情でもないからです。そうなると学術の著作物に含まれる著作物は限られてきます。しかしひとたび論文として文字によって表現されたものは著作物の可能性が高くなります。試験問題としては論文も良く利用されますが、国語の問題としてが主となるでしょう。
 学校で使用する副教材や市販問題集、塾の教材などは、著作権法の制限規定に該当するわけではありませんから、当然著作者の許諾を得て掲載し、複製・頒布しなければなりません。一方学校の校内試験や入試などに使用する場合は、著作者の許諾なく使用することが出来ます(著作権法第36条)。これは、許諾を求める過程で何が出題されるか分かってしまうため試験にならなくなるからです。この点を誤認して、許諾を求めたり著作物の利用を控える(著作権消滅作品ばかり利用する)という傾向にならないように留意が必要ですし、著作権者も入試問題に利用されたといって学校を訴えることのないようにして頂きたいものです。しかし過去問題集などはこの例外には当てはまらないので、許諾が必要であり、そのことが問題となったのが、例の赤本事件です。
 「著作権侵害」として問題となっている事例はさておき、それでは実際に許諾というのはどうやって取ればいいのでしょうか。もちろん著者当人に確認を取るというのが原則です。そうはいってもどうやってご連絡したらよいのか・・・。文芸の著作物であれば、「文芸家協会」(http://www.bungeika.or.jp/procedur.htm)に管理委託している作家の一覧がありますから、委託作家であれば文芸家協会のフォームに乗っ取って申請をするだけで問題ありません(ここも応諾義務があります。但しここは部分委託という場合があるので、委託状況の確認が重要となります)。管理委託していない場合は、当該著作物の出版社に問い合わせてみるしかありません。けれども出版社は版型(単行本、文庫本など)を決めて出版する権利を著者と契約しているだけですから、「問題集に掲載する」というような利用の仕方(二次利用といいます)については出版社に原則権利がありません。出版社と著者が出版以外の二次利用について「業務委託契約」を結んでいれば、出版社が窓口となって著者との中継ぎをしてくれます。もっとも先述のとおり出版は版型毎の契約なので、手元のA出版社の単行本に掲載されている作品を利用したいと思っても、権利自体は文庫を出しているB社にあるかもしれないということがあります。良識ある出版社なら今どの会社が権利を管理しているか教えてくれますが・・・。
 自分が回答してきた問題が実はこんな背景で問題集となっていることや、大手予備校の講習会テキスト掲載の文章がいちいち許諾を取っているなんてことを考えてみると、別の意味で面白い問題が見つかるかもしれません。
 
(E)
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2006年12月20日

『萩原朔太郎の詩、こころに着想を得て作詞されました』の不思議

 アニメ映画「ゲド戦記」の主題歌の歌詞が萩原朔太郎の詩に酷似しているということで、少し前に新聞等で騒がれておりましたが、「スタジオジブリの広報が「テルーの唄の作詞について記載される場合は『萩原朔太郎の詩、こころに着想を得て作詞されました』と表記していただくようお願いいたします」と初めて見解」を表したという記事が12月6日の
http://www.nikkansports.com/entertainment/p-et-tp0-20061206-126496.html に掲載されました(同日現在スタジオジブリHPではそのような記載がありません)。
 この問題が騒がれ始めてからずっと、なぜこのようなことを取りざたするのかというのが私には不思議でした。宮崎吾郎監督自身同詩に感化されたということをお話されているのであり、それを超えてなお「『作詞・宮崎吾朗』とすることに、少しのためらいも感じなかったのだろうか。ここは『原詩・萩原朔太郎 編詞・宮崎吾朗』とでもするべきではないか」とか、「しかし、朔太郎の詩がなければこの歌詞が書けないことは明らか。モラルの問題として、朔太郎への感謝の言葉を入れるべきだ。」などと批判されるのはいささかいきすぎではないかと思うのです。http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/manga/manganews/news/20061021org00m200001000c.html
 もちろん、朔太郎の詩の雰囲気を壊したり、本人や作品を貶めるように利用しているのであれば、朔太郎のご遺族、ご関係者が苦言を呈する等は当然でしょう。しかしそれ以外で「モラルの問題」云々というのはいかがなものでしょうか。
 そもそも、萩原朔太郎(1886-1942)の著作権は1983年に消滅しているのです。著作権が消滅してなお「表現を微妙に変えていて、「こころ」の盗作とは言い難い」だのというコメントはちょっとおかしくないでしょうか。感謝が足りないという意見もありますが、感謝や感動は人から強制されるものではありませんし、強要されるものではないと思うのですが…さらにこの記事のタイトルが「「ゲド戦記」主題歌“パクリ”認めた」ですから、なにをか言わんという感じです。
 そんなことを言い始めたら、「コンピュータゲーム『サクラ大戦3 〜巴里は燃えているか〜』は制作初期に『舞姫』をモデルにした作品と発表された」そうですが、その時に「原案:森鴎外」と書くべきだと誰かいったのでしょうか、またそう書いてあるんでしょうか。他にも同様な例は幾らもあると思いますが、すべてそのように記載されなければならないのでしょうか。
 過去の作品に触発されることによって新たな作品が生まれるというのが文化所産のあり方であり、そのために著作物は一定の保護期間の後公共財として新たな文化の発展の役割を担う様になるのですから、参考にした、触発された全ての著作物を列挙しなければならないとしたら、それだけで疲弊してしまい、新たな作品どころではなくなるかも知れません。自分の創作がどこにインスピレーションを受けたか探ろうと思ったら、これまでに接触した全ての著作物をひもといていかなければならないでしょう。
 権利や著作権についてきちんとした見解をもち、管理をしている(であろう)スタジオジブリがなぜこの様なコメントを、この時期に発表したのか真意のほどは計りかねますが、正しい著作権の理解という立場からは、この問題に掛かる一連の発言については、著作権が消滅していること、監督自身も参考にしまた敬愛していると点をきちんと説明するにとどめておいてほしかったと思います。
 こうやって「権利者」の発言に応じてどんどん新しい「権利」や「慣例」が出来るのは良い傾向とは言えないでしょう。それがどのような問題に繋がるのかと思うと、利用者としてはちょっと背筋が寒くなるのを覚えます・・
 著作権は道徳、モラルだという方針で学校等での著作権教育は進んでいます。しかし道徳とは自発的に正しい行為へと促す内面的原理の根幹となる指針です。感謝が強制されるように道徳が強制されることのないように、モラル教育と併せて著作権教育を考える必要があると思います。

(E)
 



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2006年12月10日

JASRACシンポジウムに行って参りました

 先日JASRAC主催のシンポジウム「JASRACシンポジウム2006 知的財産権の本質と今日における課題 〜創造のサイクルと著作権の役割・その原点に立って考える〜」に行って参りました。基調講演は[テーマ:著作権制度における今日的課題] と題して、吉田大輔氏 (文化庁長官官房審議官)が、特別講演は知的財産権の本質と著作権の特質〜著作者人格権・保護期間・私的複製〜と題して、松田政行先生がそれぞれ行われました。この講演だけでも参加するに十分な内容ですが、さらに、パネルディスカッション「知的財産権の本質と今日における課題〜創造のサイクルと著作権の役割・その原点に立って考える〜」が、コーディネーター大渕哲也先生で椎名和夫氏(実演家著作隣接権センター運営委員)、末吉亙氏(弁護士)、津田大介 氏(IT・音楽ジャーナリスト) 三田誠広氏(作家、日本文藝家協会副理事長、著作権問題を考える創作者団体協議会議長)、宮武久佳氏(社団法人共同通信社メディア局編集部担当部長)という面々をパネリストにお迎えして行われました。

 先ず文化庁吉田氏からは、今般の著作権法改正についてのお話と、今後議論に上るであろう問題について解説がありました。今臨時国会に提出されたIPマルチキャスト放送による放送の同時再送信に関する権利制限、権利付与、権利制限規定の見直し、追加、新たに輸出行為を侵害行為と看做す、権利侵害に対する罰則の強化等については、既にいろいろなところで解説されているとおりと思います。特にIPマルチキャスト放送同時再送信についてはIP放送事業者のみならず既存のCATV局にとっても非常に関心のあるところであるところでしょう。先般参加しましたCATVショーでも今度の展開について詳細な解説を含む招待講演があり、大変参考になりました。なお、本議題は12月5日に衆議院本会議を通過しております。

 今後の課題としては6点挙げられました。
 まず、私的録音録画補償金制度の見直し、一時新聞でも取り上げられた権利侵害物からの私的複製権利制限の見直しや、DL販売により二重課金される場合についての権利者に対する補償措置の必要性について検討中であるという私的複製に絡むお話がありました。次に保護期間延長にかかる検討ですが、これも「世界標準」の死後70年等延長の向きもあるが、幅広い議論が必要であり、かつ著作物の円滑利用のための仕組み等情報アクセスの保障が必要であろうということでした。さらに、IPマルチキャスト放送による「自主放送」に関する法的枠組みの検討(つまり著作隣接権者か否かということ)、WIPO放送新条約の検討について、(今年の9月〜10月にかけてのWIPO一般総会の概要はコピライト12月号に記載されていますが、07年11月に本件についての外交会議の設定が承認されております)、そして契約ルールの検討と集中管理システムというものについても検討する必要があるとのことでした。
 これらは現状の討論の延長線上の問題であろうと思いますが、新しい課題として、ネットでの海賊版商品販売の広告規制や、親告罪の見直し、検索サービス過程における著作権法上の問題(グーグルに代表されるような・・・)などについても言及されました。
 ここでは詳しい内容に触れませんが、シンポジウム、パネルディスカッションについては、下記に記事がありますので、参考になるかと思います。
 http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2006/11/29/14070.html 
 http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2006/11/29/14075.html 

 CATVやIPマルチキャスト放送等は一見なじみのないようにも思われるでしょうが、CATV加入家庭数をみれば、多くのおうちがCATV経由で番組を試聴しているのですし、ワンセグ等実は身近なサービスを支えている部分の法律であったりします。
 技術の発展や利用形態の多様化で、著作権法は以前にも増して法改正の過渡期ではないかと思います。音楽配信を楽しんでいるのであればDLの度に使用料を払っているのに、実は機器にも補償金が上乗せされていることは、果たして権利者「保護」なのか、利用者は何も言わないので「搾取」されるのか、個人使用と認められない場合にどうすれば許諾がとれるのか、許諾システムの不備は棚上げにされていないか等、テレビを見るとか、音楽を聴くとかいった日常のちょっとした行為を「著作権」という視点でみてみるとおもしろいかも知れません。

(E)

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2006年12月04日

著作権教育サポートネットワークの必要性

 先日、著作権情報センター主催の著作権パーティーに事務局ともども参加いたしました。こちらでは著作権業界のお歴々が一堂に会するので、ひよっこの私どもは末席を穢させて頂いてるという感じですが、当フォーラムの活動広報とまた来年度の企画に向けて、ご協力のお願いをかねてがんばって諸兄諸姉とお話させて頂きました。
 おかげさまで体験型著作権学習イベント「実践!著作権」は、昨年コピライトのエッセイに載せて頂いたため、多くの方に認知いただけ、また一定の評価を頂戴いたしているようでほっと致しております。

 さて、そんな中私どもと同じように著作権教育に取り組んでいらしている方とお会いできました。行政書士の方ですが、著作権教育に対する姿勢は私どもと同じ考えで、禁止事項を教えるだけではなく、(無断利用が)いい場合、その理由まで教えること、そして現状の著作権のあり方まで考えるような教育である必要があるのではないかということをお話されていました。そこで学校教員向けの著作権講習を行っているということでした。同じような見解で教育に取り組んでいらっしゃる方にお会いできて本当によかったと思いました。やはり共通の問題は、適当な教材が不足していることと、教える内容について、そして先生方が○か×かということを必要としてしまいがちであるということでした。違法か否かを安易に問うのではなくなぜ違法なのか、何が違法なのかを考えていけるように、先生方にもっと多くの情報を提供していかなければならないと感じました。
 実際に学校の先生方と向き合った著作権教育を行っていらっしゃる方の多くが、同様な思いを抱いているのですから、一度著作権教育を行っている先生方の意見というのを集約してみるというのは非常に重要な提言につながるような気がします。
 普通「教育」というものは、教える側=教師がある程度の知識を持っているからこそ教わる側=生徒に的確な情報の教授ができるものであり、そのために「教員として教育」される機関も期間もあるわけです。ところが、著作権に代表されるような技術の発展に伴って生じる情報については、教師自身が教育される場が圧倒的に少ない、しかもOJTで獲得できるような知識ではない場合も多いわけです。そんな中で先生方は著作権について生徒に教育しているのですから、もっと効率よい授業の提言、先生方自身への教育の場というものの提供について、積極的なサポートが必要ではないか、そのためには実践している先生方の声を集約し、私どものような活動をしているところが情報交換し、サポートのネットワークを広げることではないかと思いました。
 そのためにも少しずつですが、いろいろなところにお邪魔して広報してまいりたいと思っています。また、ご賛同いただける先生方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡いただければと思います。

(E)
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2006年11月28日

「禁止事項の学習から、利用方法の学習への転換」(その3.これからの著作権教育のために)

 04年からの調査、イベントの開催等を通じて、今後の著作権教育について私が強く感じることは、著作権侵害、肖像権侵害といった、禁止事項を羅列することを中心とした指導では、結局は著作物の借用を避けるばかりで、著作権の本質の理解には到らないということです。最近は著作権侵害という違法行為についての報道だけでなく、権利保護期間の延長など、著作権に関する様々なニュースが報道され、それによって教育界はもちろん、一般的にも著作権についての関心が高まっていますし、権利処理についても高い関心がもたれています。
 今年のイベントで記録映像を撮影いただいたビデオサークルの皆さんからも、 様々な具体的事例について質問をいただきました。自分たちで撮影したビデオにBGMを付け編集するということは一般家庭においても珍しくありません。旅行や子どもの運動会の様子をDVDに編集して…というようなことは普通に行われていると思います。その中で私的利用の範囲を超えるような利用法も増えているおそれがあります。この様な現状では、適法に著作物を利用する方法ということをもっと啓蒙していくことがますます重要になってくると思います。そしてその内容は具体的かつ実践的な知識でなければならいでしょう。このような社会的な必要性に応じるためにも、まず、学校現場においても、「著作権」についてはできれば避けて通りたいという否定的な感情を、根本的に改めなければならない時期に来ていると思います。大切なことは許諾実務を習得するということではなく、なぜ許諾がいるのかという著作権法の基本概念の習得です。学校では無断で利用できたのに、同じことをお友達同士でやってはいけないのは何故かということ、「こうすると侵害になる」ではなく、「こうすれば使える」ということから学習することが重要です。
 誰もが簡単に著作者になれ、情報を発信できるようになったからこそ、著作権について大きく取り上げられるようになり、学校でも教えられるようになったのですから、次は適法に情報の発信をする方法を教えることを提案します。そして、権利者も利用者の無断使用だけを糾弾するのではなく、適法利用を促すにはどうしたらいいか、逮捕、裁判というネガティブキャンペーンではなく、使いやすい仕組みについて提供する時期ではないのでしょうか。権利者へこの様な提言のためには、まず利用者が現状の許諾システムがわかりにくいとことや、使用料が必ずしもリーズナブルであると言えないということを、きちんと発信していくことが必要だと思います。特に学校教育においての著作物利用の重要性についてまず発信すること、その上で、本当に学校での著作物利用が権利者の利益を不当に害するのだと権利者利用者双方が納得できれば、合理的な「使用料」についての交渉を行う、この様なステップを踏めるような土台を作ることが大切ではないでしょうか。
 2年続けて行いました「実践!著作権」ワークショップでは、参加生徒自身が権利処理について学び、06年については参加生徒が直接権利者と交渉し、権利処理をする体験を積みました。そして、著作物の積極的利用を前提とした著作権教育は著作権に対する正しい理解に有効であり、広めていくべきだという感想を抱いています。さらに06年では05年での分析を元にこうした知識の習得を教師が行うことは可能であろうと考え、教師に権利処理実務を習得させる事を試みました。そして教師の感想も生徒同様、この様な取り組みを進めていくべきであるというものでした。
 私どもの取り組み以外でも、「著作権を体験させる」ということを実践しておられる先生方が増えています。今後は著作物の禁止事項の学習ではなく、利用のためにどうすればよいかということを中心にした教育が大切であると思います。

 著作権フェアでおこなったパネルディスカッションでは、権利者側からも、「学校教育現場にもっと使いやすい著作権の仕組みを提供しなければいけない」という意見が出さましたが、同時に「利用者もまとまらなければならない」ということを指摘されました。利用者の新しい流れに柔軟に対応する必要性を権利者が意識し始めているということが伺える発言であったと思います。しかし権利者の代表である権利者団体がどれほど良い仕組みを考えたとしても、利用者の代表がそれを評価しなければ、いつまでもお仕着せという感はぬぐえず、利用者の不満は不当な不満であったとしても解消されないでしょう。すべての利用者がまとまることは難しいかもしれませんが、先ずは著作物の利用が最も多く、最も必要である教育界が、まずはまとまった提言を出すことが重要ではないでしょうか。
 学校教育現場から著作権、権利処理について実践的な声を上げていくことを、私は強く提言していきたいと思っています。そして権利者団体との連携を教育現場自ら図る努力が必要であると常に考えています。

(E)

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2006年11月12日

「禁止事項の学習から、利用方法の学習への転換」(その2.内容)

 著作権教育に於いて体験型学習イベントというのは、恐らく全国初の試みです。このイベントにはいくつもの実験的要素を含んでいます。これまでの座学中心の講義から実際の制作過程を体験することへ、禁止事項の学習から、「どうすればつかえるのか」という利用するための方法の学習へ、そして、「権利処理」を行うこと、「権利処理」を行うための集中権利処理システムの構築などです。イベント開催に当たっては、ターゲットに併せてパイロット授業を行いました。05年は生徒中心でしたので、「権利処理を行う」ということを前提とした講義構成について、06年は先生が権利処理を行えるようにということを新たな目標としましたので、教員向けの講演をまず行い、そこでの反応や意見を参考にイベントカリキュラムを構築しました。
 これまでの多くの著作権教育についての研究や、情報モラルの研究は、教師あるいは生徒に対し違法か適法かを問い、著作権についての知識の有無を検証するというものでした。つまり、この利用法は適法か違法か違法の確認であり、「では実際に使う際にはどうしたらよいか」ということについては触れない、触れていても「個々の事例により権利者団体に問い合わせること」という事のみが記述されているだけです。そこでこのイベントでは、一歩踏み込んで、実際に権利処理をするということ、そのためにはどういう情報が必要でどのような知識が必要かということに学習の焦点を合わせました。
 このイベントは最終的にどの学校現場でも利用出来る様な汎用性を持った教材、カリキュラムの開発、そして学校での著作物利用を促進するためのサポート機関の設立ということを考えています。この様なことを念頭に置いてのイベントですので、参加者の意識調査が非常に重要になります。パイロット授業をはじめ、ワークショップ終了時、ワークショップの成果発表の場であるフェア終了時等、節目節目でアンケートを行いました。
 分析の結果、次のようなことが明らかになりました。なお、このイベントは「権利処理を通じて著作権を学ぶ」ということが主眼ですので、著作権の制限条項(例えば第35条)には該当しない状況になっています。

(1)著作権に対する意識
 本イベント及び事前のパイロット授業を通じ、単に権利や著作物について教えても、実際には知識として活用できていないということがはっきりしてきました。
 友人の朗読する作文や、ダンスシーンの音楽(数秒程度)が著作物であることは、通常の著作権学習でも説明されることなのですが、これらが著作物であり、権利処理をしなければならないということに驚いたという感想が複数見受けられました。
 著作権の知識が、具体的な例示、実際に他者の著作物を使用するという実践的過程を通じて、初めて必要な知識として獲得されるということを表しているのではないかと思います。

(2) 著作者としての意識の向上
 アンケート項目から自ら制作することでクリエーターの権利に目覚め、他者の権利侵害だけでなく、自らの権利を守るという意識の向上が伺えました。特に、個人分析でみると、クリエーターとしての意識は、作品の完成度の高いグループに強い傾向がありました。優れた作品を完成させることは自らの作品に対する権利意識を目覚めさせることにも有効であると考えられます。そしてこのことは、他者の権利侵害を防ぐことにもつながるものと考えます。

(3) 著作権及び権利処理学習の問題点
 権利処理、映像製作を通じて著作権についてはほぼ理解したとしながらも、アンケートでは全員が著作隣接権について解らなかったというショックな事実が判明しました。例えば、講義でレコード会社の権利と説明し、CD音源からの楽曲使用の原盤使用申請書を作成しても、JASRACとの違いがわからず誰の何の権利か理解できていないということです。楽曲使用はもっとも利用可能性が高いと考えられるため、この点の指導については改善の必要があると言うことがはっきりと解ります。

 この様な結果がイベントから見えてきました。次回は今後の著作権教育のあり方について思うところを述べてみたいと思います。

(E)

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2006年11月05日

「禁止事項の学習から、利用方法の学習への転換」(その1.背景)

 本日まで第22回日本教育工学会に出席しておりました。今回は学会発表した内容について少し申し上げます。
 「著作権学習の新たな視座:禁止事項の学習から利用方法の学習への転換」と題して発表いたしました。この発表は、私どもが最初に学校教育現場の先生方に対面式のインタビューをしたときの結果から企画された体験型著作権学習イベントの成果についての最初のまとめでもあります。

 04年に「著作権に関する教育現場の意識調査」を行ったとき、そこから見えてきたのは著作権を気にするあまり、著作物の利用について必要以上に消極的になる傾向と、一方で無意識の侵害をしている教師の姿でした。そして、調査に協力してくれた教師の全員が「何が適法で、何が違法か」を教えてほしいと思っていることも解ったのです。しかし、著作権に関する問題は、○と×ではくくることが出来ない、つまり、個々のケースで判断や対応が異なるという特質があります。さらに、この場合は適法、こちらは違法とわかったところで、では実際にどうすれば良いのかという実践的具体的な方法を提供するような機関、団体は現在の所全くといっていいほどありません。すべて個々の質問に回答するだけです。権利処理を自ら行う先生も増えてきています。権利者団体と交渉した経験を持つ先生方も沢山いらっしゃいます。しかし、その個々の先生方の知識や経験、ノウハウは他の先生方になかなか共有されにくい、というか、共有する環境がないのが現状です。
 適法な利用方法を教えないで、「これは違法です」とばかり教えている環境では、確かに違法利用は減ったかも知れないけれど、適法利用が促進されているわけではないという奇妙な状況を生み出しています。これではいけない。「著作権がコワイから利用しない」というのでは著作権法の理念に反します。「著作権処理は面倒くさいから、著作権フリーですまそう」というのも著作権の本来的意義が理解されていないということになります。学校は一定の条件の下著作権が制限され、著作物が自由に使える環境となっています。しかしそれはあくまで例外的な状況であり、社会においては通用しない事になります。
この様な現状から、私どもは実践的かつ実社会における著作物・著作権の実践的な扱いを体験することで著作権の現実的な意味を教えることを狙いとして、体験型の学習イベントを企画するに到ったのです。
 このイベントは、映像作品の製作を通して、権利処理を行う中で著作権について学ぶということが目的です。自らが作品制作することで、クリエータ=著作者となると同時に、例えば音楽をBGMとして使用するという他人の著作物の借用を通じて、利用者としての立場も学びます。さらに、自分たちの作品を誰かが利用したいと申請してきたときには、かつて自分たちが利用者として権利者と交渉した時のように、今度は権利者として申請してきた人に「同じような態度」を取ることが出来ることを理解することが出来ます。利用者と権利者双方の立場に立ったとき、その二者をつなぐ「著作権」という物を体感することが出来るのではないかと思うのです。
 こうして、「実践!著作権」というイベントが企画されました。
 次回は体験型学習イベント「実践!著作権」の内容と分析をお話しします。
 なお、このイベントは05年、06年と開催しており、本年度の企画については「実践!著作権」ブログにて、ワークショップの様子を開設しておりますので、ご参照いただければと思います。こちらの著作権教育フォーラムブログに於いては、イベントの内容と分析について記載していこうと思います。

 (E)
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2006年10月30日

著作権教育の転換点

 先週は本の発行や対談等がありましたので、そのお知らせをいくつかいたしました。ブログや論文、講演等以外で対外的に意見を述べることはこれが初めてでしたので、貴重な経験が出来ました。
 教育と著作権についてのかかわりは、私が初めて「著作権」にかかわりを持ったときから、大きく変わっているように思います。最初は「おおらかな」時代、つまり著作権などということをことさらに言わなかった時代です。もちろん現在の著作権法第35条が規定されるときの議論等を読み返せば、昭和45年当時から「市販問題集の複製利用」という問題はありました。しかしそのようなことが問題としてありつつも、学校に「著作権」などという言葉が使われるような事態ではなかったのではないでしょうか。
 その後、知的財産の有用性とともに、「著作権」ということが注目され、そして、学校教育現場は「侵害の温床」という目で見られるようになります。最初は、著作権教育といっても「勝手に~してならない」という、禁止事項として教えるものばかりでした。世間的には著作権侵害での逮捕者が出たりと「著作権は恐ろしいもの」というイメージが広がっていったようにも思えます。逆に学校では「教育だから」とか「35条があるから」と、ある意味の甘えや法の拡大解釈をし続けていたように思います。
しかし現在では、著作権の意識というのはだいぶ浸透したのではないかと思います。やり方の是非はともかくですが、権利者団体等の啓蒙活動のおかげだろうと思います。さらに、学校教育においても、「怖いから使わないでおこう」から利用するにはどうすればよいかというスタンスの教育方法も増えてきているようです。
 今、教育と著作権について携わっている中で感じるのは、著作権教育の転換点であるということです。著作権・著作物を避けて通るのではなく、積極的に関わっていこうというカリキュラムについてよく目にするようになりました。また、著作物の利用についても○か×かではなく、○に近い△、×に近い▲と、けして割り切れるものではないことを先生方が許容できるようになっていることも大きな力になっているのではないかと思います。先日、学校現場に於いては、違法か適法かはっきり分からない場面にたびたび遭遇し、その度に不安になるが、しかしどちらとも言えない場合や、権利処理をすればOKになる場合があるということが解る(あるいは、教えてもらう、本に記載されている等)だけで現場の不必要な緊張はかなり軽減されるということをききました。先生方の知識が足りないのではなく、条件によって許諾の有無等が変わってくるという情報をようやく提供され始めた、言換えれば正しい著作権の知識が蓄積し始めたということであると思います。
 これまでの著作権教育が、教師への著作権講座を含めて、使用を禁止するということを前提になされていたために、違法利用は激減したとしても、それはけして適正利用が増えたということではないのです。むしろ、「著作権フリー」の利用に走る事になっています。著作権フリーの「著作物」が良くないということではけしてありませんが、著作権が本来規定するもの、文化の発展に寄与することには、利用されるべき著作物が著作権によって限定されるのは良くないと思うのです。特に学校教育に於いては、先人の知恵に触れ、芸術に触れることで多くのことを「学習」するのですから、知識の教授を法律が阻むことのないようにしなければならないと思うのです。
 どうもそうなりがちな、そのための道具として使われている感が強い「著作権」について、もっと根本から考える必要があるのではないか、それは教育における著作物利用を積極的に行うこと、そのためには学校も社会も「著作物利用」ということが何であるかを改めて考えることが大切なのではないでしょうか。そして、企業や社会ももっと学校教育と著作権について広い視野からとらえ、少しずつ増えてきている体験型や利用を推進する著作権教育のカリキュラムの積極的な支援をすることが必要なのではないでしょうか。そして、教育現場からは、もっと声を上げていくことが必要でしょう。
 この様なことを改めて考えた次第です。

 (E)
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2006年10月18日

利用者としての教育現場のあり方

 先日、私も副会長をしておりますひょうごe-スクールコンソーシアムITコンテンツ利用研究部会の著作権イベント実行委員会が主催する体験型著作権学習イベント「実践!著作権」の成果発表の場である、「実践!著作権」フェアのパネルディスカッションにパネリストとして参加しました。
 ディスカッションのタイトルは、「著作物利用のフロンティアを拓く」ということで、教育現場から教員2名、権利者として権利者団体及び映像コンテンツ関連企業からそれぞれ1名、そして私がコメンテータです。
 ディスカッションでは、教員から教育現場における具体的な問題点が挙げられました。それに対して権利者としても、対応はしたいが窓口が交渉の窓口が1本化されていない等の現実的な問題点があげられました。私はこの「実践!著作権」では権利処理のお手伝いもしておりましたが、その際有効であったのは、やはり「権利処理機構」というものを立ち上げ、イベントにおけるすべての権利処理を一元化し、交渉を一手に集中させたところにあると思っています。
 例えば卒業アルバムDVDにBGMをつけるということは、最近では良くあることですし、学校でも自宅でもネットから音楽や映像を容易にダウンロードできる現状では、「勝手に●●すると違法です」という教え方では限界があると思っています。「では適法に使用するにはどうしたらいいか」という点まで教育するときに来ていると思います。
 では実際に卒業アルバムDVD制作でBGMを使う際の権利処理の知識、経験のある先生はどのくらいいるでしょうか。音楽だからJASRACでしょとだけ思っておられる先生はどのくらいいるでしょうか。実際に楽曲をCDから利用した場合の原版についてきちんと処理できているでしょうか。
 NHKの番組は公共放送だからもっと自由に使わせて欲しい、とだけ思っている先生は多いのではないでしょうか。しかし「放送番組」にはテレビ局の権利だけではない、数多くの権利が含まれているということをきちんと理解しているでしょうか。
 もちろん、自ら権利者団体や企業に電話をし、「粘り強い」交渉をして、許諾を得ている先生はたくさんいるでしょう。しかしそれはその先生個人の経験と実績にしか、今のところはなっていません。残念なのは、そういった先生方の体験が共有できないこと、もっといえば、その体験が新しい「学校における著作物利用のルール」に結びつかないことではないでしょうか。
 この点は権利者からも指摘されるところです。常に個々人が個々人の利益のために交渉しており、けっして「学校教育」全体の利益として結びつかないこと、これは非常にもったいないことです。
 「実践!著作権」はわずか参加校5校というイベントですが、それでも小さな「団体」として、各権利者団体との一括交渉が可能でした。今後そのような指導的立場、学校現場を代表する立場として、例えば県教育委員会等が著作物利用のための交渉窓口として活躍すべきなのではないかと思います。少なくとも、このイベントを2年続けて開催したからには何かしらのアクションがあればいいなと期待しています。
 個人の先生方の努力を生かせるように、より良い教育のために、著作物利用を禁止する学習から積極的に利用する学習への転換が必要なのではないかと思います。
 著作権イベントについては、「実践!著作権」ブログの方をご参照ください。
 丁度、10月は本の刊行対談等でお話しする機会がありましたので、今回から数回はまさに「教育と著作権」について述べていきたいと思います。

(E)
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