2010年01月10日

「良いものが創れるという環境にあること」

わたし達が行った「実戦!著作権」ワークショップで、映像表現を担当してくださった先生が、こんな風に仰いました。
「良いものが創れるという環境に既にある、と言うことに感謝して、良い作品を創る努力をしてください」
感謝する心を忘れない、他者の著作物を利用する、他者に表現方法を学ぶ・・・、その中で自分の表現したいことを形にするのだ、自分の作品は自分だけではなく、他者の、先人の文化の上にあるのだと言うことを忘れないで欲しい、そういう思いからの発言でした。

わたしは今、仕事でドキュメンタリー番組の再放送権利処理を行っています。最初の放送はどれも、10年程前のものです。それらを再び、改めて視聴できるようにするために、一つ一つ権利をひもといていく仕事です。
当時の関係者、出演者に再び連絡をし、許諾を取る・・・。亡くなってしまった方も、行方不明の方もいました。ある時、関係者のお一人から、
「再放送が、再び”そのこと”を考えるきっかけとなればと思う」
と言うような趣旨のコメントを頂きました。

良い作品の定義は様々にあると思います。けれど、相手の感動を誘い、「何か」を考えさせるきっかけとなることは、良い作品に不可欠なのだろうと思います。そして、それは時が経とうとも、変わらないのではないかと思います。

そうして人々の心に残る作品に触れる度に、著作権法の目的なんかをふっと思い出すのです。
そして、「良い物が創れるという環境に既にあること」、この言葉が、冒頭の思いだけでなく、実はとても深い意味を持っているのだと、気付かされます。

法務ではなく、久しぶりに現場に戻ると、様々なことに遭遇します。その度に、権利処理って「面白い」と思います。権利処理の先にあるもの、このすばらしさをお伝えできるように、研鑽を積んでいきたいと思っています。

(え)
posted by 著作権教育フォーラム at 00:02| Comment(1) | TrackBack(0) | コラム