2006年12月26日

冬休みの宿題と著作権

 学校は冬休みに入りました。一般企業は後もう少しで仕事納めですし、それぞれにあわただしい年の瀬に突入していると思います。
 さて、冬休みには宿題でいろいろな問題集に触れると思います。どうせ宿題をするなら、宿題の問題を著作権という視点から見てみると面白いかもしれません。
 問題集と著作権の関係はそれこそ、現行著作権法改正のときに著作権法第35条について議論されたように「歴史ある」問題です。昨今では、センター試験や入試問題集の作成や新聞への掲載等で話題になっているかと思います。もっともそういう意味で話題となるのはもっぱら「文芸の著作物」、要するに国語とか英語の文章問題が多く、数学や理科というのはあまり問題になっていないと思います。
 それは著作物が「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」と定められているからです。つまりどんなに美しい数式であっても、それは思想や感情を創作的に表現したわけではないですから「著作物」となりませんし、遺伝子交雑の結果は思想でも感情でもないからです。そうなると学術の著作物に含まれる著作物は限られてきます。しかしひとたび論文として文字によって表現されたものは著作物の可能性が高くなります。試験問題としては論文も良く利用されますが、国語の問題としてが主となるでしょう。
 学校で使用する副教材や市販問題集、塾の教材などは、著作権法の制限規定に該当するわけではありませんから、当然著作者の許諾を得て掲載し、複製・頒布しなければなりません。一方学校の校内試験や入試などに使用する場合は、著作者の許諾なく使用することが出来ます(著作権法第36条)。これは、許諾を求める過程で何が出題されるか分かってしまうため試験にならなくなるからです。この点を誤認して、許諾を求めたり著作物の利用を控える(著作権消滅作品ばかり利用する)という傾向にならないように留意が必要ですし、著作権者も入試問題に利用されたといって学校を訴えることのないようにして頂きたいものです。しかし過去問題集などはこの例外には当てはまらないので、許諾が必要であり、そのことが問題となったのが、例の赤本事件です。
 「著作権侵害」として問題となっている事例はさておき、それでは実際に許諾というのはどうやって取ればいいのでしょうか。もちろん著者当人に確認を取るというのが原則です。そうはいってもどうやってご連絡したらよいのか・・・。文芸の著作物であれば、「文芸家協会」(http://www.bungeika.or.jp/procedur.htm)に管理委託している作家の一覧がありますから、委託作家であれば文芸家協会のフォームに乗っ取って申請をするだけで問題ありません(ここも応諾義務があります。但しここは部分委託という場合があるので、委託状況の確認が重要となります)。管理委託していない場合は、当該著作物の出版社に問い合わせてみるしかありません。けれども出版社は版型(単行本、文庫本など)を決めて出版する権利を著者と契約しているだけですから、「問題集に掲載する」というような利用の仕方(二次利用といいます)については出版社に原則権利がありません。出版社と著者が出版以外の二次利用について「業務委託契約」を結んでいれば、出版社が窓口となって著者との中継ぎをしてくれます。もっとも先述のとおり出版は版型毎の契約なので、手元のA出版社の単行本に掲載されている作品を利用したいと思っても、権利自体は文庫を出しているB社にあるかもしれないということがあります。良識ある出版社なら今どの会社が権利を管理しているか教えてくれますが・・・。
 自分が回答してきた問題が実はこんな背景で問題集となっていることや、大手予備校の講習会テキスト掲載の文章がいちいち許諾を取っているなんてことを考えてみると、別の意味で面白い問題が見つかるかもしれません。
 
(E)
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2006年12月20日

『萩原朔太郎の詩、こころに着想を得て作詞されました』の不思議

 アニメ映画「ゲド戦記」の主題歌の歌詞が萩原朔太郎の詩に酷似しているということで、少し前に新聞等で騒がれておりましたが、「スタジオジブリの広報が「テルーの唄の作詞について記載される場合は『萩原朔太郎の詩、こころに着想を得て作詞されました』と表記していただくようお願いいたします」と初めて見解」を表したという記事が12月6日の
http://www.nikkansports.com/entertainment/p-et-tp0-20061206-126496.html に掲載されました(同日現在スタジオジブリHPではそのような記載がありません)。
 この問題が騒がれ始めてからずっと、なぜこのようなことを取りざたするのかというのが私には不思議でした。宮崎吾郎監督自身同詩に感化されたということをお話されているのであり、それを超えてなお「『作詞・宮崎吾朗』とすることに、少しのためらいも感じなかったのだろうか。ここは『原詩・萩原朔太郎 編詞・宮崎吾朗』とでもするべきではないか」とか、「しかし、朔太郎の詩がなければこの歌詞が書けないことは明らか。モラルの問題として、朔太郎への感謝の言葉を入れるべきだ。」などと批判されるのはいささかいきすぎではないかと思うのです。http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/manga/manganews/news/20061021org00m200001000c.html
 もちろん、朔太郎の詩の雰囲気を壊したり、本人や作品を貶めるように利用しているのであれば、朔太郎のご遺族、ご関係者が苦言を呈する等は当然でしょう。しかしそれ以外で「モラルの問題」云々というのはいかがなものでしょうか。
 そもそも、萩原朔太郎(1886-1942)の著作権は1983年に消滅しているのです。著作権が消滅してなお「表現を微妙に変えていて、「こころ」の盗作とは言い難い」だのというコメントはちょっとおかしくないでしょうか。感謝が足りないという意見もありますが、感謝や感動は人から強制されるものではありませんし、強要されるものではないと思うのですが…さらにこの記事のタイトルが「「ゲド戦記」主題歌“パクリ”認めた」ですから、なにをか言わんという感じです。
 そんなことを言い始めたら、「コンピュータゲーム『サクラ大戦3 〜巴里は燃えているか〜』は制作初期に『舞姫』をモデルにした作品と発表された」そうですが、その時に「原案:森鴎外」と書くべきだと誰かいったのでしょうか、またそう書いてあるんでしょうか。他にも同様な例は幾らもあると思いますが、すべてそのように記載されなければならないのでしょうか。
 過去の作品に触発されることによって新たな作品が生まれるというのが文化所産のあり方であり、そのために著作物は一定の保護期間の後公共財として新たな文化の発展の役割を担う様になるのですから、参考にした、触発された全ての著作物を列挙しなければならないとしたら、それだけで疲弊してしまい、新たな作品どころではなくなるかも知れません。自分の創作がどこにインスピレーションを受けたか探ろうと思ったら、これまでに接触した全ての著作物をひもといていかなければならないでしょう。
 権利や著作権についてきちんとした見解をもち、管理をしている(であろう)スタジオジブリがなぜこの様なコメントを、この時期に発表したのか真意のほどは計りかねますが、正しい著作権の理解という立場からは、この問題に掛かる一連の発言については、著作権が消滅していること、監督自身も参考にしまた敬愛していると点をきちんと説明するにとどめておいてほしかったと思います。
 こうやって「権利者」の発言に応じてどんどん新しい「権利」や「慣例」が出来るのは良い傾向とは言えないでしょう。それがどのような問題に繋がるのかと思うと、利用者としてはちょっと背筋が寒くなるのを覚えます・・
 著作権は道徳、モラルだという方針で学校等での著作権教育は進んでいます。しかし道徳とは自発的に正しい行為へと促す内面的原理の根幹となる指針です。感謝が強制されるように道徳が強制されることのないように、モラル教育と併せて著作権教育を考える必要があると思います。

(E)
 



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2006年12月10日

JASRACシンポジウムに行って参りました

 先日JASRAC主催のシンポジウム「JASRACシンポジウム2006 知的財産権の本質と今日における課題 〜創造のサイクルと著作権の役割・その原点に立って考える〜」に行って参りました。基調講演は[テーマ:著作権制度における今日的課題] と題して、吉田大輔氏 (文化庁長官官房審議官)が、特別講演は知的財産権の本質と著作権の特質〜著作者人格権・保護期間・私的複製〜と題して、松田政行先生がそれぞれ行われました。この講演だけでも参加するに十分な内容ですが、さらに、パネルディスカッション「知的財産権の本質と今日における課題〜創造のサイクルと著作権の役割・その原点に立って考える〜」が、コーディネーター大渕哲也先生で椎名和夫氏(実演家著作隣接権センター運営委員)、末吉亙氏(弁護士)、津田大介 氏(IT・音楽ジャーナリスト) 三田誠広氏(作家、日本文藝家協会副理事長、著作権問題を考える創作者団体協議会議長)、宮武久佳氏(社団法人共同通信社メディア局編集部担当部長)という面々をパネリストにお迎えして行われました。

 先ず文化庁吉田氏からは、今般の著作権法改正についてのお話と、今後議論に上るであろう問題について解説がありました。今臨時国会に提出されたIPマルチキャスト放送による放送の同時再送信に関する権利制限、権利付与、権利制限規定の見直し、追加、新たに輸出行為を侵害行為と看做す、権利侵害に対する罰則の強化等については、既にいろいろなところで解説されているとおりと思います。特にIPマルチキャスト放送同時再送信についてはIP放送事業者のみならず既存のCATV局にとっても非常に関心のあるところであるところでしょう。先般参加しましたCATVショーでも今度の展開について詳細な解説を含む招待講演があり、大変参考になりました。なお、本議題は12月5日に衆議院本会議を通過しております。

 今後の課題としては6点挙げられました。
 まず、私的録音録画補償金制度の見直し、一時新聞でも取り上げられた権利侵害物からの私的複製権利制限の見直しや、DL販売により二重課金される場合についての権利者に対する補償措置の必要性について検討中であるという私的複製に絡むお話がありました。次に保護期間延長にかかる検討ですが、これも「世界標準」の死後70年等延長の向きもあるが、幅広い議論が必要であり、かつ著作物の円滑利用のための仕組み等情報アクセスの保障が必要であろうということでした。さらに、IPマルチキャスト放送による「自主放送」に関する法的枠組みの検討(つまり著作隣接権者か否かということ)、WIPO放送新条約の検討について、(今年の9月〜10月にかけてのWIPO一般総会の概要はコピライト12月号に記載されていますが、07年11月に本件についての外交会議の設定が承認されております)、そして契約ルールの検討と集中管理システムというものについても検討する必要があるとのことでした。
 これらは現状の討論の延長線上の問題であろうと思いますが、新しい課題として、ネットでの海賊版商品販売の広告規制や、親告罪の見直し、検索サービス過程における著作権法上の問題(グーグルに代表されるような・・・)などについても言及されました。
 ここでは詳しい内容に触れませんが、シンポジウム、パネルディスカッションについては、下記に記事がありますので、参考になるかと思います。
 http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2006/11/29/14070.html 
 http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2006/11/29/14075.html 

 CATVやIPマルチキャスト放送等は一見なじみのないようにも思われるでしょうが、CATV加入家庭数をみれば、多くのおうちがCATV経由で番組を試聴しているのですし、ワンセグ等実は身近なサービスを支えている部分の法律であったりします。
 技術の発展や利用形態の多様化で、著作権法は以前にも増して法改正の過渡期ではないかと思います。音楽配信を楽しんでいるのであればDLの度に使用料を払っているのに、実は機器にも補償金が上乗せされていることは、果たして権利者「保護」なのか、利用者は何も言わないので「搾取」されるのか、個人使用と認められない場合にどうすれば許諾がとれるのか、許諾システムの不備は棚上げにされていないか等、テレビを見るとか、音楽を聴くとかいった日常のちょっとした行為を「著作権」という視点でみてみるとおもしろいかも知れません。

(E)

posted by 著作権教育フォーラム at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム

2006年12月04日

著作権教育サポートネットワークの必要性

 先日、著作権情報センター主催の著作権パーティーに事務局ともども参加いたしました。こちらでは著作権業界のお歴々が一堂に会するので、ひよっこの私どもは末席を穢させて頂いてるという感じですが、当フォーラムの活動広報とまた来年度の企画に向けて、ご協力のお願いをかねてがんばって諸兄諸姉とお話させて頂きました。
 おかげさまで体験型著作権学習イベント「実践!著作権」は、昨年コピライトのエッセイに載せて頂いたため、多くの方に認知いただけ、また一定の評価を頂戴いたしているようでほっと致しております。

 さて、そんな中私どもと同じように著作権教育に取り組んでいらしている方とお会いできました。行政書士の方ですが、著作権教育に対する姿勢は私どもと同じ考えで、禁止事項を教えるだけではなく、(無断利用が)いい場合、その理由まで教えること、そして現状の著作権のあり方まで考えるような教育である必要があるのではないかということをお話されていました。そこで学校教員向けの著作権講習を行っているということでした。同じような見解で教育に取り組んでいらっしゃる方にお会いできて本当によかったと思いました。やはり共通の問題は、適当な教材が不足していることと、教える内容について、そして先生方が○か×かということを必要としてしまいがちであるということでした。違法か否かを安易に問うのではなくなぜ違法なのか、何が違法なのかを考えていけるように、先生方にもっと多くの情報を提供していかなければならないと感じました。
 実際に学校の先生方と向き合った著作権教育を行っていらっしゃる方の多くが、同様な思いを抱いているのですから、一度著作権教育を行っている先生方の意見というのを集約してみるというのは非常に重要な提言につながるような気がします。
 普通「教育」というものは、教える側=教師がある程度の知識を持っているからこそ教わる側=生徒に的確な情報の教授ができるものであり、そのために「教員として教育」される機関も期間もあるわけです。ところが、著作権に代表されるような技術の発展に伴って生じる情報については、教師自身が教育される場が圧倒的に少ない、しかもOJTで獲得できるような知識ではない場合も多いわけです。そんな中で先生方は著作権について生徒に教育しているのですから、もっと効率よい授業の提言、先生方自身への教育の場というものの提供について、積極的なサポートが必要ではないか、そのためには実践している先生方の声を集約し、私どものような活動をしているところが情報交換し、サポートのネットワークを広げることではないかと思いました。
 そのためにも少しずつですが、いろいろなところにお邪魔して広報してまいりたいと思っています。また、ご賛同いただける先生方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡いただければと思います。

(E)
posted by 著作権教育フォーラム at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム